万全なる整備


 ケヨウス砦──騎甲館ドールハウス区画。


親方オヤジ騎甲ドール魔獣鋼加筋肉ブルートゥマルスは全とっかえでいいんですかいッ」

「バカヤロウッ、材料が潤沢にあるっつっても一日で仕上げるんだぞ。寝起きの人間と同じように全身の筋肉と神経を馴染ませるのにも時間は掛かるってもんだ。全とっかえはリリィュおじょ──リリィ隊長のだけでいい。あぁただしな、魔結晶関節ジョイント点検作業チェックは全騎分忘れずにやるんだぞ。摩耗の激しいブツは問答無用で交換だ。急げよッ」


 騎甲館ドールハウス区画に整備主任マリオの一喝が飛ぶ。ケヨウス砦には行方知れずな第五小隊の魔刃騎甲ジン・ドール用部品素材が残されており、二台の鉄馬車で運び込んだ部品素材もあわせると十二分な整備が可能となったわけである。明日の魔獣の森最奥に向かう全ての魔刃騎甲ジン・ドールを一日掛りで万全整備フルチューンに仕上げるため、マリオ整備主任をリーダーとし全整備員が騎甲館区画を走り回って作業を続ける。鉄の音と魔獣素材特有の匂いが充満したひとつの戦場と化していた。


「リリィ隊長のだけって、あの二つ眼はそんなに特別な魔刃騎甲ジン・ドールなんですかい?」


 整備員達が走り回るなか、ひとりの貫禄のある禿頭とくとうの整備士がマリオ主任に声を掛ける。彼は第五小隊の整備主任である「ゲア・フロウ」砦の設備に慣れている事もあり、今回の整備班サブリーダーをつとめている。彼は外装が外されつつあるリリィの指揮型〈ハイザートン〉の真紅双眼レッドアイに削り掘られた魔結晶幻境双眼デュアルアイの芸術性の高い職人仕事に惚れ惚れとしている。マリオも確かにこの美勇な面構えは特別なものだと整備を手がけ続けたひとりとしてはこの反応は嬉しいものである。指揮型〈ハイザートン〉以外の武装実験部隊フレイムの〈ハイザートン〉はどれも目が惹かれる見た目をしているという自負がある。


「いや、確かにこいつも特別であることは変わらないが、魔獣鋼加筋肉を全とっかえする一番の理由はリリィ隊長リリィュお嬢さまが無茶をしやすいからだよ。下手したら一回分の出撃で筋肉をぶっ壊しかねねえからなぁ」

「なんだって、一回の出撃で筋肉をぶっ壊す? ヘッハッハッ。そいつはすげぇ話だやな」


 マリオ主任の真顔で吹く冗談にゲアは大きく笑うが、マリオは表情ひとつと変えぬまま眼だけをゲアに向けて小さく声を漏らす。


「まぁ、鋼鉄骨格アイアンスカルがボッキリ折れないだけマシだがよ」

「おいおい鋼鉄骨格アイアンスカルが折れるてどんな無茶苦茶やりゃそんなトンデモな芸当ができるってんだよ。さすがに冗談にしても文字通りの屋台骨だそんなヤワなもんじゃねえはずだぞ。それによ、リリィュ隊長さんの騎甲ドールは筋肉も正常そのものだったじゃねえか。あれはしなやかに仕上がりすぎちゃいるが、見惚れちまうくらいキレイな魔獣鋼加筋肉ブルートゥマルスだったぜ」

「ハッハッハッ、しなやかな筋肉の理由はリリィ隊長の行動範囲内に敵がいなかっただけだろうな。リリィ隊長は大事なもんをこの手で守るためなら無茶を無茶とも思わず無茶苦茶をやれる方だ。この〈ハイザートン〉も本人には内緒だが騎甲ドールの限界値をとうに超えて無理くりに動かしてんだからよ。外装の内側に仕込んだ魔冷却剤クールジェルで何とか誤魔化しちゃいるが上がりすぎた魔力熱で骨格が折れても不思議はねえんだよ。無駄を削ぎ落として鍛え上げられた魔獣鋼加筋肉ブルートゥマルスの補助で何とか持ってるようなもんだ」

「ハハハそこまでしつけぇと冗談にも聞こえなくなってくるな──と、んじゃ俺は呼ばれてるみてえだから第四の〈ガルナモ〉の様子を見てくるわ。どうしたっ、問題でもあったかっ」


 マリオの言ってる言葉がどこまで冗談であるのか測りきれないゲアは笑いながら一騎の〈ガルナモ〉の点検作業の様子を見に向かった。


 一人残されたマリオは完全に外装を外された、筋肉繊維と鋼とが同化した不思議な色合いの魔獣鋼加筋肉が剥き出しとなった指揮型〈ハイザートン〉を見上げた。


〈ハイザートン〉はガルシャ製の魔刃騎甲ジン・ドール〈ザートン〉を改良した騎甲であり〈ザートン〉の発展型量産騎である〈ガルナモ〉と使われている規格部品類が近しいため整備も容易にやりやすいのが利点だ。アギマス独自の魔刃騎甲開発はせずという長年買い付けと改良を重ねてガルシャ製の魔刃騎甲ジン・ドールの技術学習を取り入れてきたアギマス前領主トルフーリの政策が結果を出したと言えるだろう。アギマスから連れてきた整備員達の作業効率も良好である。最も、現領主クレイドの政策方針はアギマス独自の戦力を求める事であるため、武装実験部隊フレイムの主立った任務は新たな時を向かえることになるだろう。武装実験部隊フレイムの三騎が扱い易い〈ハイザートン〉に特殊すぎる実験武装を装備し始めたのも新領主クレイドの命によるものであるのだ。

 どれも魔刃騎甲ジン・ドール史においては前例の無い特殊装備規格であるためガルシャ側が整備を手伝うのは難しい。実質武装面は何度も整備を繰り返してきた武装実験部隊フレイムが身内で固まって整備をするしかない。ガルシャの整備員達も興味深げに手伝いを申し出るものも多くはあるのだが。


親方オヤジ魔法術式スクリプトの調整なんですが」

「あぁ、そいつは今はまだだな。法術式士プログラマがいねえとさすがに無理だからな、最悪はガルシャ側の法術式士に頼むしかねえか」


 整備員から再び指示確認がきたが魔法術式スクリプトの調整をするには当然ながら法術式士プログラマが必要である。現在、フレイム専属法術式士であるサマージェン・カーターは医務室に運び込まれたエイモン・ストリバーゴの傍についている。ここに到着してから出ずっぱりで魔法術式スクリプト調整作業を行っていたので疲労を取らせるにはちょうど良いタイミングではあった、許可を出さない理由は無い。どうせならば今日一日はエイモンの傍についていても咎めはしないつもりだ。ガルシャにも法術式士プログラマは何人かいるのでかなり癖のある魔法術式スクリプトであるが何とか手伝いを頼もうと思っている。


「ちょっとマリオジ何言ってんだッ、あたし以外にこの子らの魔法術式スクリプト弄らせるわけないってッ」


 が、そんな事を考えていたマリオの傍に聞き馴染みのありすぎるサマージェン・カーターの甲高い声が整備作業音に負けじ劣らずと耳に届き、相変わらずな若い男整備士達には目に毒な奇抜な格好ファッションでこちらへとやってくるのが見えた。どこか息が弾み足取りにも嬉しげなものを感じ取れる。


「マリオジ、あたしの提案した通りに整備してくれてる。今から術式の調整すっから、あたしの昇降器どこに置いたっけッ」

「おい待て、オマエさんはここに着いてからずっと働き詰めで休んでねえだろう。もうちょっとエイモンの傍にいてやれ」


 張り切りに仕事をしようとするサマージェンをマリオは慌てて引き留めようとするが、サマージェンは両腕をブンブンと振り回し引き止めの手を引き剥がすと輝かしな大きな眼と弾む声でマリオに言った。


「そのエイモンはさっき眼が覚めたんだよッ」

「な、本当かよッ。そいつは朗報じゃねえかッよかったなっ」

「そうッ、だからあたしはノンビリしてられねえんだわッ。魔法術式スクリプトの調整を万全にしてエイモン達にカンペキな〈ハイザートン〉を渡すんだからッ」

「だからつって、目が覚めたばっかのエイモンが明日の出撃に許可を貰えるかわかんねえだぞ。それに、オマエさんの言ってた整備計画じゃ〈ハイザートン〉の術式容量パンクしちまわねえか?」

「アイツは絶対に出撃するて聞かないだろうし、リリィも止めやしないって。だったらあたしは上等な魔法術式スクリプト組んでやるのが一番なんだよッ。こっから先は何が起こるかわかったもんじゃねえなら絶対に無茶するだろうし、あたしも〈ハイザートン〉を限界に調整してやるまでだよッ。上手くやれば容量なんてどうとでもなる。見てなってな。ねえっ、あたしの昇降器早くッ」


 マリオの制止も聞きはせずただ生き生きと運ばれてきた昇降器に飛び乗るとサマージェンは白法衣ローブのフードを外し、手櫛で綺麗な長い銀髪を整えると、同じ色合いである頭の耳をパタパタと動かして術式調整作業を開始しようとする。


(やれやれだわな)


 ガルシャへと向かう前は頑なに鉄馬車からは降りないと白法衣 《ローブ》のフードを深く被っていた娘が、ひとりの男に付き添いながらガルシャでの整備作業を積極的に手伝い、今はまた元気な姿を取り戻し、ずっと隠していた頭の耳をさらけ出して調整作業を始めている。誰がここまでサマージェンという少女を元気にさせたのかは一目瞭然であり、マリオは擽られる父性に軽く妬ける気持ちになる。


「よぉしオマエらサマージェン先生のご所望通りに整備計画変更だッ」


 それと同時に嬉しさを感じながら彼女の進言した整備計画を実行に移す決断をした。恐らくリリィ隊長お嬢さまも求めるのはこちらの整備計画だろうという事も理解していた。








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