現状を知る


 ラムナッハの町──町長宅、客間(魔獣討伐第四小隊臨時作戦室)


 元々は客間である臨時作戦室はかなり広く作られている。部屋中央には机が幾つか運び込まれ、机同士をあわせ上から敷物をかけた簡易的な長机を作りあげている。広い部屋の大半は机が占領している状態であり、幾つかの椅子に少々窮屈そうに何人か人間が座る。うち三名は武装実験部隊フレイムの魔操術士ウィザードであるリリィ、ダイス、エイモン。残るフィジカ隊長を含めた五名はガルシャ魔獣討伐第四小隊の主だった実力な魔操術士ウィザード達である。いずれもガルシャ人特有の褐色の肌と狼の如き耳を生やしており、うち二人はガッシリとした体躯の大男であり、ひとりは吊りがちな眼から大人びた雰囲気を感じる女性だ。そして、最後のひとりはフィジカと共にリリィ達を出迎えてくれたウェックス隊員である。


「皆、急に集まっていただき感謝いたします。それではこれより、アギマス武装実験部隊フレイムの皆さんに現在の我々が置かれている現状説明をいたします。と、その前に皆さん簡単でよいので自己紹介をいたしましょうか?」


 フィジカは簡易長机の上にガルシャの地図を手際よく広げ、第四小隊の隊員達へと顔を向け簡易でもよいので自己紹介を提案した。これは彼なりの両隊間の壁を取り除くコミュニケーションというもので提案をしたのだが、第四小隊の隊員らの顔は一部を除いて堅いままだ。フィジカの圧力感じる瞬きない視線に面長な顔の隊員が最初に自己を名乗る事にした。


「私は「アルフ・アニルファサル」ともうします。よろしくお願いいたします」


 少々堅さはあるが、しっかりと礼儀正しい自己紹介である。

 挨拶を終えたアルフは眼を隣に向け、無愛想に口を引き結んだ厳つい顔付きの大男に次の自己紹介を促す。真一文字に引き結んだ厚みのある唇を開かせ短く自己を名乗る。


「……「ゼト・カイヘン」です」


 厳つい顔に見合った野太い声で獰猛な野生動物の如く睨みをきかせた自己紹介にリリィ達は彼が自分達を歓迎していないと分かりやすく理解できた。


「次はこちらでよろしいので? はい「ベサニー・ブイテール」ともうします。親しい方々には「ベティ」と呼ばれておりまして、どうか遠慮なくベティと呼んでいただければと、はい」


 続いて自己紹介をした女性隊員は勝ちきな吊り眼の印象とは少し違った穏やかさと艶の混じった表情を魅せる女性だ。恐らく並の男なら色香というものにコロリと落とされてしまうだろう。

 ベティは首から前に流した編み込みな黒髪を指で触りながら、どこか獲物を物色する獣のように下唇を甘噛んでリリィを見つめてくる。何か彼女の気に触った事をしただろうかとリリィはその吊りがちな眼を見つめ返して見るがすぐにその目線は外されてしまった。


「はっ、次はわたしですね。自分は「ウェックス・サーティエ」と申します。よろしくお願いいたします」


 最後にフィジカ隊長の横で一緒に出迎えてくれたウェックス隊員が丁寧に自己紹介をする。爽やかな好青年といった彼の挨拶には他の隊員と比べて邪気というものはなさそうである。

 最後に、リリィ達の番となりなるべくと簡潔な自己紹介をする。


「ワタシはリリィュ・フレイムだ。最後のュは発音せずにリリィと呼んでくれ」

「ダイス・コバーキオですっ」

「エイモン・ストリバーゴ。まぁ、よろしくお願いしますよ」

「最後に、私がフィジカ・トッシュです。それでは、本題に移らせていただきます」


 最後にフィジカが淡々と抑揚ない声で締めつつ、広げたガルシャ地図に眼を向け現状説明へと移る。


「数十日前に起きた恐怖に駆られたジオッカ脱走兵達だっそうへいらによる森の魔獣達への危害は記憶に新しい事件であります。彼らの不用意な攻撃は野生魔獣達の攻撃衝動を引き出してしまい、縄張りを荒らされたと判断されたというのが魔獣学者の見解です。この野生魔獣らが人と魔刃騎甲ジン・ドールを標的と定めた襲撃は、開拓地域にまで及びガルシャの民達への魔獣被害の深刻さを物語っています」


 フィジカは指揮棒のような物でガルシャ地図に描かれた魔獣の森を表す緑色の地域部を指し、野生魔獣の棲息地に円を囲み、開拓地と描かれた建物絵の密集地に線を引き、魔獣被害の深刻な広がりを示してみせた。


「ガルシャはこれにたいして魔獣を沈静化させるのは困難と判断し、棲息地である魔獣の森最奥まで押し戻す名目で魔獣討伐の指示を出し、我々第四を含む第六小隊までの討伐隊を編成し対応。これは順調な成果を出し森の中枢域まで押し戻す事に成功しています」


 続いて森の真ん中辺りに広範囲な線を引き討伐作戦のここまでの順調さを示す。


「しかし、ここ数日前、この中枢に古き時代より建造されたケヨウス砦を拠点とした第五小隊の隊員数名が歩哨任務中に何者かに襲われたとの連絡を受けています」


 フィジカは森に描かれた砦絵にバッテンを付け中心を叩き、森中枢より先をジグザグに揺らし攻撃を受けた箇所で棒の動きを止める。


 それと同時にリリィが挙手をする。フィジカは「どうぞ」という意味合いで頷き、発言を許可する。


「何者かに襲われたというのは正体が分からないという事でよろしいのだろうか?」

「はい、恐らくは魔獣の類だと予想はされますが、第五小隊の連絡役シャドからの報告によると正体不明の襲撃者から逃げ延びたという魔獣使いの証言が曖昧であるという事です。よほど恐ろしい目にあったか、妙な事しか言わないのだと。ただ、分かっているのは相手の姿が見えなかったという事です」


「あのッ」


 フィジカの言葉に息を呑んだダイスが思わずと声をあげて割り込む形で挙手をしてしまう。フィジカはそのまま視線を移し発言を許可する意を無言のまま伝えた。


「その、姿が見えなかったというのは魔獣の透過能力による襲撃なのでしょうか? それとも、視認できない程の長距離からの攻撃? それによっては対処法が変わってくると思われます」


 魔獣の中には透過能力を有するたぐいも存在する。最も有名な魔獣「アミ・メレオゥ」は森林地帯に生息するのでダイスの思考した線も間違いでは無いのである。


「不明ですが、長距離からの攻撃の線を私は睨んでいます。この中枢域はメレオゥ種の好む環境では無いのと、メレオゥ種の透過能力は完全に姿を消す魔法では無いので魔刃騎甲ジン・ドールがこれに気づかない事は無いと言えるでしょう。ただ、現在の魔獣の流れは普段考えな常識で捉える事は危険でもあるので、その線も頭に入れておかなければなりませんね」


「すんません、長距離からの攻撃の線を強調するのには理由ワケがあるんでしょうかね?」


 この発言をしたのはエイモンである。挙手をしてはいるが発言許可を貰わずな発言をしてしまう。口調もいつも通りな軽いものである。それに対しゼトがエイモンに睨みを強めるが、フィジカが無言で見つめるとゼトはエイモンへ睨み強めた眼をそらした。フィジカは気にせずとエイモンのした質問の答えを返す。


「これは連絡役シャドからの報告であり、肉眼でハッキリと確認したわけではありませんが、魔刃騎甲ジン・ドール頭部外装ヘッドガードが何か強い衝撃で撃ち抜かれていたと言うことです。まだ歩哨任務中だった魔獣使いがまともな証言ができる状態では無いらしく曖昧ではありますがね」


 フィジカ隊長の淡々と語る言葉にエイモンは押し黙る事しかできなかった。魔刃騎甲ジン・ドール魔障膜バブルに包まれているのが標準デフォルトでありほぼ自動で重力低減術式グラビトロの防護壁能力が発動し、距離のある攻撃は重力低減が緩めるはずだ。外装とて、世界最高水準の兵器である魔刃騎甲ジン・ドールのものだ、決して脆いものではない。それを、視認できない距離から外装を衝撃で撃ち貫くという事実がどれだけ恐ろしいものであるかは、生意気に発言をしてしまったエイモンとて理解できる。黙る以外に選択は無い。


「ひとついいだろうかフィジカ」


 だが、ここでリリィがひとりだけもう一度挙手をする。フィジカが彼女の光彩強い蒼い瞳を無言で見つめるとリリィは了承と捉え発言を続ける。


「なぜ、その長距離攻撃が魔獣のものだと言えるのだろうか? 魔刃騎甲ジン・ドールという線は無いのか?」


 リリィの発言に第四小隊の面々は眼を剥く表情で彼女を見つめる。それだけは有り得ないと言った顔である。だが、まばたきひとつとフィジカを見つめ動じることなく質問の答えを待った。フィジカも動じる事無くその質問に答える。


「現状、これが魔刃騎甲ジン・ドールの攻撃であると我々は考えてはいません。仮にこれが魔刃騎甲ジン・ドールの攻撃であると言うのならば魔獣騒ぎに乗じた意思ある人間からの攻撃、つまりは新たな火種を生むという事になるからです。それに、今の魔刃騎甲に長距離射撃を可能とする武装は無いという事になっていますからね」


 フィジカはジッと剣の如く眼でダイスを一瞥すると、ダイスの表情は一瞬強ばる。フィジカはその表情変化に気づくか気づかないか、表情ひとつ動かさず、状況説明を締めくくる。


「明後日、我々はここケヨウス砦へと向かう事とします。各自、身体を万全な状態にしておくようにお願いいたします。以上を持ちまして現状説明を終了いたします。更なる質問がある方は後ほどどうぞ」


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