衝突


「すまないフィジカ、少しだけいいだろうか?」


 臨時作戦室での状況説明会を終え、ひと足早く部屋を出たフィジカの後ろ姿をリリィの声が引き止める。


「なにか?」


 先程の状況説明会に不備があっただろうかと言うニュアンスを短い言葉の中で読み込むとリリィはそうでは無いという意思表示を首を小さく横に振って示すとフィジカもそれを理解し、短く間を置いてリリィの言葉を待つ。


「フィジカ、ワタシが先行してひと足早くケヨウス砦とやらに向かうというのはどうだろうか? ワタシならすぐにでも出立が可能だ」


 フィジカは見下ろしにリリィの眼を鋭く見つめ、本気で言ってる事を理解すると、彼にしては珍しく小さな溜め息を吐いた。


「ハァ、リリィさん。あなたがどれだけ優れた自信家であるかは分かりませんがそれを許可する事はできませんね。恐らく、状況を聞きいて居ても立ってもいられないという事でしょうが」


 リリィの僅かによどむ眼の動きで図星である事を理解し、フィジカは話を続ける。


「あなた達はまだここに到着したばかりであり、身体の疲れもあるはずです、魔刃騎甲ジン・ドール魔力を巡らす心臓と司令を伝える脳髄の一部の役割を担う魔操術士ウィザードは休息を取り万全な態勢を整える事も重要な責務である事は理解していると思われますが?」


 魔刃騎甲とは全身の魔獣鋼化筋肉ブルートゥマルスに張り巡らされた魔導神経マギニューロを伝い魔操術士の体内魔力をかく中継地点となる魔結晶関節ジョイントに伝達させる事により騎動する魔導兵器である。フィジカの言うとおり魔操術士は魔刃騎甲の血を作り出す心臓であり操術による主導権を握る脳髄の一部である。魔刃騎甲の内に魔操術士を直に乗せる意味合いはここにあると言ってよい。魔操術士ウィザードは魔刃騎甲の生きた燃料タンクであり動力器エンジンでもあるのだ。


「それに、魔刃騎甲そのものの入念な調整メンテナンスも必要ですし、広い魔獣の森は魔獣同士の反応を確認できる魔獣使いの先導によって進む方がより安全です。特に、森に不慣れだろうアナタの単独行動は危険と判断するしかありません。私の言っていること、分かりますね?」

「あぁ、すまない、これはワタシが浅はかだったな」


 フィジカの叱りつけるような圧の強い声と背筋伸ばした姿勢で見降ろす眼にリリィは素直に申しわけ無いと謝罪した。


「いえ、現状を考え先行を願い出たのでしょう。その思いには深く、ガルシャを代表し感謝いたします」


 フィジカは言葉の圧を心なしか緩め、頭を下げた。


「さて、下げる頭はここまでとしてお互い身体を休めましょう。着いたばかりにもお伝えしましたが簡易的なものではありますが温水雨ホットシャワーと食事の用意もあります」

「そうだな、遠慮なく休ませて貰うとしよう。しかし温水雨とはありがたい。疲れを癒すのに温水雨は最適だからな。食事の用意も感謝する」

「ガルシャの癖みのある味付けがお口に合うかは分かりませんがね」

「おっと、これはうちの料理長を連れてきた方が良かったかな?」


 両者共に悪い空気を残さずに軽い冗談を言い、間を和ませるのは隊長として上に立つ者同士の器というものだろうか。単純に、二人の気が合うのかもしれない。短い時間ではあるが理解しあえる友人になれそうだとリリィはフィジカに感じていた。


「ん、何やら後ろが騒がしいですね?」

「そうだな、行ってみよう」


 だが、そんな二人の和やかさを切るような怒号が後方から聞こえる。先程までいた臨時作戦室近くから聞こえてくる。リリィとフィジカは足早に騒ぎの元へと向かった。





 ***




「ゼトッ、おまえいったい何をやっているんだいい加減にしろっ」

「エイモンやめろっ、おまえらしくもないぞ! 落ち着くんだ!」


 リリィとフィジカがその場に向かうと臨時作戦室の前で男二人が羽交い締めにされている姿があった。うちひとりは第四小隊のゼト・カイヘン隊員、もうひとりは武装実験部隊フレイムのエイモン・ストリバーゴである。

 共に身体を羽交い締めと掴まれていなければ今にも取っ組み合いとなりそうな一触即発だ。


「放してくれよアルフさんッ! コイツは隊長にふざけた態度を取っていやがったんだぞッ、許しておけるかッ!」


 ゼトは分厚い唇を怒りで震わせながら血走った眼を剥き出しにしてエイモンを眼力だけで射抜き殺さんと睨みつける。


「へぇそうかい、そいつは悪かったがな、アンタが言った言葉だけはこっちだって許せねえってんだッ! 今すぐに取り消せッ!」


 いつもは飄々とした態度を崩さないエイモンも、まるで別人のような荒々しさで言葉の圧を強めゼトを睨む。


「ハッ!「ハンパもん」て言葉が悔しかったのかよッ!」

「テメェ……もういっぺんでも言ってみろッ。言ったぶんだけ何百発でもぶん殴ってやるからよッ!!」


 ゼトの挑発とも取れる言葉にエイモンは羽交い締めるダイスの身体を吹き飛ばさん勢いで暴れる。それはゼトも同じく二人がかりで羽交い締めるアルフとウェックスを投げ飛ばしてでもエイモンに殴りかかろうとする勢いだ。このままでは本当に血を見る殴り合いとなってしまう。


 そんな状況を二人の隊長がヨシとするわけは無い。


「やめなさいッッ!!」


 フィジカの巨大な稲妻が落ちるような怒声にその場の誰しもがシンと静まり返り、フィジカの険しい顔に全員の視線が集まる。


「原因はなんですか?」

「隊長やっぱり俺はこんなやろ──」

「──私は、原因を、聞いているのですゼト隊員。聞かれた事のみを応えなさいッ!」


 原因を問いただそうとするフィジカへ怒り冷めやらぬ自分の意見のみを伝えようとするゼトにフィジカは言葉と瞳に冷たいものを宿らせて言い訳じみた彼の口を一方的に黙らせた。


「アルフ隊員、原因は?」

「はい、その、実は──」


 今のゼトからはまともな言葉が聞けないと判断したフィジカはゼトを止めていたアルフに原因を問う。アルフは事の経緯を説明する。




「なるほど、ゼト隊員が私に対するエイモンさんの態度を気に食わなかったと……」


 ある程度の経緯を聞き、フィジカは短く眼を瞑ると正面へと向き直り、エイモンに頭を下げる。


「申しわけのしようもない、全面的にこちらに非があります。謝って済まされるものではありませんが」

「隊長! なんでこんなヤロウにッ!」

「黙りなさい、侮辱な態度をとったのはこちら側だ。謝罪をするのは当たり前の事でしょうッ」


 隊長自らが頭を下げる事に納得がいかないゼトをフィジカは叱りつけるように黙らせた。


「別に、もういいですよ。気分も冷めちまったってもんです」


 一部隊の隊長にこちらに非があると頭まで下げられてはエイモンも何も言うことはできなくなる。ゼトに対してはまだ納得が言ってないといった険しい怒り顔のままだが、一応と冷静にはなったエイモンはダイスの手を放してくれと叩く、しばしダイスはエイモンの眼を真っ直ぐに見て頭の血は登っていない冷静と判断して、羽交い締めた拘束を解いた。


「俺は納得がいきませんよッ。こんなヤロウの手を借りるなんて真っ平だぜッ。魔獣退治ぐらい俺たちだけでやれるってもんでしょ隊長! コイツはフィジカ隊長を──ッ!?」


 だが、ゼトはいまだ怒り冷めやらぬと再びエイモンへと噛みつかんばかりに迫ろうとする。


 そんな彼にフィジカは物言わず拳を右頬に打ちつけた。ゼトの大きな身体がよろける程の重い拳だ。


 今一度の静寂が辺りを包む。殴り付けられたゼト自身も唖然とフィジカを見つめ唇を震わせるだけだ。


「いまこの場で殴りつけた事は後で詫びましょう。しかし、いつまでも彼を侮辱する事は許しません。彼等は御領主おやかたさまの救援要請に応じてガルシャに来てくださったのだ。彼を侮辱する事は御領主おやかたさまの顔に泥を塗る行為だと気付きなさい」


 淡々としているが凄みの強まりと悲しみの混ざるフィジカの声にゼトは何も言えなくなり頭を垂れ、アルフ達に連れられてその場を跡にした。


「詫びは改めて本人に。今はこれでお納めください」


 フィジカはエイモンの前に立ってもう一度頭を下げるが、エイモンは複雑な表情で彼の狼のような耳を見つめ無言で踵を返して去ろうとする。


「待てエイモンッ、頭を下げている相手にその態度は無いぞっ!」


 その無礼な態度にさすがのリリィも注意を促しその場に引き戻そうとする。


「俺程度に下げられ過ぎる頭はいりませんよ。これで何度目だってんだよ」

「おい、その態度は無いとワタシは言っているんだぞっ」

「すんません、今は気持ちてやつがどうにもならないんで……。こっちも改めて謝罪はしに行きますよ。だけどやっぱり俺は、ガルシャの土地も、人間も、合わないみてえだ」


 リリィの声に一応の返答はするがその場に留まる事は叶わず、彼のものとは思えない苦々しい表情のままその場を跡にした。


 リリィはそれ以上は何も言わず立ち尽くし、ダイスはエイモンの後を追う。後に残されたフィジカの頭は静かに上がりその剣の如き鋭さのある眼を鞘にしまうように静かに閉じた。






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