三章──洞窟戦闘──

出立


 武装実験部隊フレイムの到着とエイモン、ゼトの両隊員同士の思わぬ衝突の巻き起こった一日は過ぎ、ケヨウス砦に向かい進軍する朝がやってくる。


 魔獣加工工場の搬入倉庫を騎甲館区画代わりにした武装実験部隊フレイムの魔操術士ウィザード達は出撃を始めるために魔刃騎甲ジン・ドールに乗り込む準備をする。


「ウワハッハッハッ、整備は一日掛りでバッチリだ。安心して乗り込んでくださいや」


 マリオ整備主任が冗談めかした笑い声で片手を上げる先には身体にフィットする水色と灰色の操術衣スーツを身につけたリリィ達が歩いて来るのが見える。


主任マリオと皆の整備に不安を持ったことなぞ一度も無いな。常に君達の魂を乗せた整備には感謝している。それと昨日からずっと働き詰めにさせてすまないな。この任務が終わったら目上の方父上にかけ合って皆の休暇をもぎ取ってこよう」


 リリィが主任達の前に立ち礼を言うと整備員らは照れくさげに笑う。


「なぁに、魔刃騎甲コイツらを完璧に仕上げんのがこっちの御飯仕事おまんましごとですからな。むしろ毎日のご褒美だと思ってますよ。向こうに着いてからの整備もしっかりバッチリと任せてくださいや。それまではゆるりと馬車旅にて一寝入りでもさせて貰いますよ」

「あぁ、砦に着くまでの鉄馬車の護衛はワタシ達に任せて貰う。グッスリ高いびきをかかせてやろう。よし、ダイス、エイモン、行こう」


 リリィの声にダイスとエイモンはそれぞれの魔刃騎甲ジン・ドールの元へと向かう。リリィも足早に両脚を膝立ちにさせた待騎姿勢を取る魔刃騎甲へと向かい背面に装着された巨大な魔操術器コックピットへと軽やかに飛び乗る。腰元に提げた銀ベルトから合着された操術杖ケインを抜き取って二つ割り、魔操術器コックピット横へと装着する。操術衣スーツ背中にある連結手コネクタが合わさり座席と固定される腰から肩にかけて振るえる感覚を確認するとリリィは動作確かめに、人差し指から薬指の順に軽く動かし、操術杖ケインを強く握ると真横へ二回ほど正拳ストレートを振るようにスライドさせ、足周りの動作も左右に踏板ペダルを軽く動かし搭乗準備を済ませ、声を張った。


「よし、空間圧縮術式ハイスペルスを発動させる。近くにいるものはすぐに下がれ」

「了解、指揮型から搭乗ッ。下がれ下がれ下がれッ!」


 リリィの声に整備員のひとりが念押しな復唱をし全員が距離を取るのを確認、リリィはもう一度、操術杖ケインを強く握り空間圧縮術式ハイスペルスの発動を開始した。


 周りの空気が振動をし全身が水面の奥に沈み込むような感覚に落ちていく。波がかりな月色髪が不規則に浮き上がりまるで水中に潜り込んだように身体が軽くなる。光彩強い青の瞳に映し出される到底この巨大な魔操術器コックピットが収まりきらないだろう魔刃騎甲の内部へと、まるで閉ざされていた道が一瞬のうちに広がってまるで魔刃騎甲そのものに吸い込まれるように魔操術器コックピットが前へと押し込まれ、魔刃騎甲ジン・ドールの内部にある魔結晶投影境面マギイリュモニタが鈍く光を放ち動作するのを認めると、魔操術器が完全に内部に収まった事を確認する。


 続き、リリィは空気を短く肺に取り込み、長くゆっくりと心臓の鼓動に合わせて息を吐き出す。自身の体内魔力を騎甲に血管の如く張り巡らせた魔導神経マギニューロを通じて血を身体全体に行き渡らせるようなイメージを描き、魔刃騎甲の全身に魔力を巡らせる循環運動を開始させ、魔獣鋼化筋肉ブルートゥマルスを収縮させ騎動状態へと慣らしてゆく。魔操術器コックピット内に響く鍵盤楽器を高く鳴らしたような動作音を確認し、循環運動の終了を確認した。


重力低減術式グラビトロ自動姿勢制御オートリアクション立上確認セタップ、立ち上がらせるぞ」


 外音化術式スピーカを鳴らし、外部に再度警告を促し、リリィは魔結晶加工された各関節部ジョイントに蓄積された魔力溜まりを使用し指揮〈ハイザートン〉を立ち上がらせる。

 指揮〈ハイザートン〉は鉄の軋みを上げて片腕を付き膝から順に立ち上がると、低減重力の自動姿勢制御オートリアクションにより握った操術杖ケインがバカに軽く感じたかと思うと急にズシリと重くなる。指揮〈ハイザートン〉が完全に立ち上がった証である。

 魔結晶幻影境面を見やると整備員達せいびいんらの見上げる姿をリリィは確認し、口元を少し緩める。


「この瞬間は自分が巨人になったのか小人になったのか一瞬だけ分からなくなるな」


 実際は圧縮された空間に包まれたリリィの身体は小さく縮んでいるようなものだが境面に映る景色は魔刃騎甲ジン・ドールと一体化したようで自身が全高四メートルの巨人になった錯覚に陥るのだから面白いものだとリリィは薄く笑い〈ハイザートン〉の右腕を動かすイメージを描き右の操術杖ケインを振る。〈ハイザートン〉の右腕部が動きだし、作業クレーンに吊り下げられた研磨されたばかりな鋼刃剣ソードの柄を掴み取り、右脚の踏板ペダルを横に振ると右脚部外装に装備された鞘が開閉する。開閉された鞘へと鋼刃剣を垂直に差し落とすと鋼刃部が自然と折り畳まれ脚部鞘へと納まった。左側も同様の作業をし合計二対の鋼刃剣ソードを納めさせると背面腰に既に装着されている魔騎装銃アサルトガンを確認し、指揮〈ハイザートン〉の出撃準備を整えた。


 リリィが前方を見やると長大な二対の魔騎装銃を肩背面に取り付けられたダイス騎は既に立ち上がり、クレーンに吊り下げられた特殊な大盾装甲ビッグシールドを上半身に装着する作業をエイモン騎がおこなっている。


 しばらくと鉄の響きが広がり、鈍い音をたててクレーンが上昇し、追加装甲の取り付けが完了した。座り込むような待騎姿勢で固定された大盾装甲〈ハイザートン〉がゆっくりと鉄の軋みを鳴らし立ち上がると、重力低減の効果で軽く浮き上がるような動作を一瞬して、沈み込むように関節部を折り曲げて着地し姿勢を安定させる。


『騎甲良好、準備はよーしよしです』


 外音化術式スピーカを鳴らしたエイモンの低音な声にリリィは右腕部を動かし応えると自身も外音化術式スピーカで倉庫内に声を響かせる。


「よし、外に出るぞッ」


 リリィの声と同時に三騎の魔刃騎甲ジン・ドールが巨体を揺らし歩き出す。整備員達を乗せた鉄馬車を引き、輪鉄馬スピンホースが車輪を回しその後に続いた。





 搬入倉庫の外へと出ると既に目の前に五騎の魔刃騎甲ジン・ドールともう一台の鉄馬車が実験部隊フレイムの面々を待っていた。

 第四小隊の魔刃騎甲である。出撃準備は万全といった所で、ガルシャの国色である森を意味する濃い緑を基調としたガルシャの現量産型魔刃騎甲〈ガルナモ〉が整列をしている。


「すまない、遅くなってしまって」

『いえ、そちらの騎甲ドールは準備が掛かると仰ってましたのでお気になさらず』


 一騎の魔刃騎甲ガルナモから低く抑揚の無いフィジカ隊長の淡々とした声が響く。他の〈ガルナモ〉よりも濃い緑を基調とし、脚部では無く背面に背負うように特注鞘に納めた長大な鋼刃剣ソードから隊長騎の風格が現れているようである。


『改めて目の前で見ますと、変わった風貌ですねあなた方の〈ハイザートン〉は』


 しかし、フィジカから見ればリリィ達の〈ハイザートン〉の方が特別な物珍しさがあるようだ。


「ふむ、我々は〈ハイザートン〉に普段慣れしているが、確かにそちらにとっては珍しいだろうな。何せ、二つ眼に筒背負い、大盾がゾロゾロとだからな」


 リリィが冗談めかして言うとフィジカ隊長も声を返す。


『その珍しさに期待というものをしてしまいます。それでは、早々ではありますが先ずはケヨウス砦へと向かいましょうか』

「あぁ、出発しよう」



 二人の隊長の声と共に、八騎の魔刃騎甲ジン・ドール魔獣の森ブルートゥ・フォレストへとその巨躯の歩みを進めてゆくのだった。


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