鉄馬車の中身


「ところで、立ち話もそこそこで悪いのだが、そろそろ町の中に入れて貰っても構わないだろうか? 鉄馬車の中にいる皆をまずは休ませてあげたい」

「失礼、話弾みに失念をしておりました。街中央から外れにある加工工場に鉄馬車用の搬入口倉庫がありますのでそちらまで誘導を致しましょう」


 リリィの頼みにフィジカは頷きラムナッハの町を囲う防護壁が開門し、鉄馬車が町中へと進んでゆく。


 ラムナッハの町中は加工した魔獣素材の搬入口として道が広く整備されており、加工工場へと続いているようだ。他にも森側にも材木搬入や果実収穫に使う整備路があるが、現在は魔獣襲撃の危険性を考慮し、森側の扉は封鎖されている。


 フィジカ隊長の誘導に代わり町中を魔刃騎甲ジン・ドールで巡回をしていた魔獣討伐第四小隊の隊員達が鉄馬車をゆっくりと加工工場の搬入倉庫口まで誘導してくれる。フィジカ隊長も鉄馬車の後を追う形でそのまま同行をするようだ。

 リリィ達の乗った鉄馬車はゆっくりと搬入倉庫へと入り、停車する。


 暫くすると鉄荷台の扉が開き、縄梯子を降ろされリリィを初めとした魔操術士らしき赤い隊服の男が二人と整備員と思われる作業衣姿の男達が数人降りてくる。鉄馬車に併せた全体的な倉庫の広さと頭上に浮かぶ古びたクレーン装置を確認して魔獣討伐隊員に実験部隊側の整備主任マリオが声を掛ける。


「すいやせんが、あのクレーンは魔刃騎甲ジン・ドールの重さにも使える頑丈さですかい? それと、ここで箱開いて騎甲ドールの確認をしちまっても?」

「いえ、本来は荷物搬入用のクレーンですのでね、外装を着込んだままな魔刃騎甲ジン・ドール丸ごとは厳しいかもと。上半身と下半身をバラした状態か、外装のみなら問題は無いと思います。なにぶん、ただの加工工場を間借りして使わせてもらっているので従来の騎甲館ドールハウス区画程の柔肌を扱うような繊細な設備も期待はできませんので。しかし、騎甲常態の確認は充分に可能です。我々もお手伝いしましょうか?」

「そうですかい、こりゃご丁寧にどうも。それじゃクレーンはこちらで工夫して遠慮なく使わせて貰います。お手伝いも感謝しますよ。ようしっ、箱の蓋を開けんぞッ! モタモタすんなよッ!」


 マリオが言うが早いか、数人の整備員が鉄荷台の蓋を上げる作業に入りガラガラと鉄軋む音を立てて、鉄荷台の蓋が大きく上方へと上がり、荷台の積荷がお披露目となると、これを見た討伐隊整備員の一部からは感嘆とした声が漏れる。


「ほう、これがアギマス制実験武装型〈ハイザートン〉ですか?」

「お、興味ありますかい、色々と話せる範囲でよかったら説明いたしましょうか?」

「それは是非ともによろしくお願いいたしたいッ!」


 鉄荷台の中身である武装実験部隊フレイム自慢な駐騎態勢で固定された三騎の〈ハイザートン〉に興味津々ありありな討伐隊整備員達の好反応に気をよくした髭撫で自慢なマリオ主任を初めとした実験部隊側の整備員達。討伐隊整備員側も物珍しい武装が施され改良された〈ハイザートン〉が知れるとあって高揚とした反応が広がってゆく。整備員達に取っては祝いの席で貰った大きなプレゼントの箱を開ける子供時代に心が戻るような瞬間だ。


「ふむ、愛騎に興味を持たれているのは存外嬉しいものだな。しかし、そんなにも珍しいものなのかなワタシ達の〈ハイザートン〉は? 君たち二人もやはりあの輪の中ではしゃぎたい口かな?」


 少し離れた位置から盛り上がりな整備員達らの様子を見て、腰に手を当て緩めた口端を薄く上げたリリィは両隣りにいる二人の部下ダイスとエイモンに軽く問うてみる。


「それはもちろん珍しいと思われますよ。我々の実験武装〈ハイザートン〉は他に無い尖った特性がありますからね。自分もあの中に──い、いえ、はしゃぐ程に自分は子どもではなくっ」

「おいおいそれじゃマリオのダンナ達がいい歳こいて何やってんだオッサンよって話になっちまうんじゃないの?」

「そ、そういう事を言ったわけではないっ。自分にだって魔刃騎甲ジン・ドールは少年期の憧れであり魔操術士ウィザードになるのは夢だったんだぞ!」

「焼きすぎたステーキみたいにお熱くなるなよ冗談だっての、相変わらず生真面目だなお前さんは。ま、俺も魔刃騎甲ジン・ドールは嫌いじゃねえよ。あの力を持てた感覚は堪らんよな」

「なるほど、つまりは男の子という存在はいくつになってもああいう大きく力強い象徴が大好きだと言うわけだな? まぁ、ワタシ──」


 二人の意見を聞きつつひとり納得なリリィは口元に小さく笑みを浮かべながら自分の意見を述べようとすると。


「──はい、幾つになっても燃えるものですよ魔刃騎甲ジン・ドールの勇姿は」


 背後から抑揚の無い低い声が突然に聞こえ、リリィが振り向くといつの間にそこにいたのかフィジカ・トッシュ隊長が浅黒な顔をピクリとも笑わせずに立っていた。ダイスは突然現れたフィジカに思わず身体を浮かせるように驚き身構えるが、エイモンは何も言わず距離を置く。リリィは涼やかな顔で身体ごとフィジカへと振り向いた。


「あぁ、フィジカも来ていたのか。背後を取られるとはワタシもまだまだのようだ」

「ええ、こちらへと最初に案内したのは私ですからねこの荷台の中身に興味は惹かれるというものです。それに私、存在感は薄いので人の背後を取るのは実は得意なのです」

「そうなのか、存在感は凄まじい御仁だとワタシの眼には映るがな? 戦場に現れる骸骨頭程では無いが」


 その迫力で存在感が無いのは無理があると心の中で思ってしまったダイスに変わりリリィは臆する事無く冗談なのか分かりづらいフィジカの真顔に軽い冗談を逆に返した。短く言葉を交わしただけだが、もう随分と打ち解けられているものだとダイスは無意識な嫉妬心にその真顔を眺めていると、ギラリとした鞘ぬきな剣の如き圧力のある眼だけが急にこちらを向いたのでダイスは思わずと悲鳴あげそうになった声を飲み込んだ。フィジカはそれを知ってか知らずか身体を直角にダイス側に向け、低く声を出した。


「こちらのお二人とはまだ挨拶をしていませんでしたね。初めまして、私、ガルシャ魔獣討伐第四小隊隊長フィジカ・トッシュと申します」

「は、はい初めましてッ、アギマス武装実験部隊フレイム所属魔操術士ダイス・コバーキオと申しますッ」


 先に自己を名乗らせてしまったダイスは慌てて敬礼をして、自己紹介を焦った上ずりな声で返した。


「そちらの方も初めまして。お見受けするにガルシャとアギマスとの混血ハーフとお見受けいたしますが」

「はぁ、同じくアギマス武装実験部隊フレイム所属魔操術士エイモン・ストリバーゴです。まぁ、ご名答に混血ハーフではありますよ。やはり、ガルシャ人にはこの肌色でこのようなお耳ではなにか感じるものでもあるんでしょうかね?」


 続きフィジカ隊長に顔を向けられたエイモンも敬礼をし自己を名乗る。混血ハーフである事を指摘されていやに表情を強ばらせ、自身のアギマス寄りなもみあげ横の耳を触ってみせる。


「ええ、直ぐに分かりますよ。隣国領どうし混血は珍しくもありませんからね。肌や耳の形で差別化したがる輩も多いですが、私の知り合いにも混血ハーフは多く「四つ耳」の友もいます。ただ、私の発言であなたの気に触れてしまったのなら謝罪をいたしましょう」


 エイモンの表情から彼の中にあるガルシャへの暗いものを感じ取り、フィジカ隊長は静かに眼を閉じ頭を下げる。エイモンは触った耳を指で弾くと、下げられた頭の耳をジッと眺めてから言葉を続けた。


「よしてくださいよ。ガルシャの軍人さんは頭を下げるもんじゃないでしょ。俺はただ、ガキん時に色々とありすぎましてね。ガルシャの人にゃ、ちょいとばかし警戒心が強くなり過ぎちまうようです。こちらこそすみませんね、もう顔を上げちまってください。隊長さんが頭を下げるほどイイツラじゃねえですよ俺は」


 エイモンはフィジカ隊長の真摯な真面目さを感じ取りながらもどこか表情に薄い複雑さを残し今は頭を上げてくれと言葉を続けた。


「いえ、不快にさせてしまった事実はありますので。それに、私は軍人と言ってもガルシャ魔刃騎団の中ではだいぶ下の方の人間でありますので、お気にしないでいただきたい」

「ああ……じゃぁ俺を不快にさせたと気にしちまうのは無しにしましょうや。もうお互いに下げる頭は無い方がいいでしょうよ」

「そうですか、そう仰られるのであれば頭垂れは無しにいたしましょう。謝罪に足を見つめるよりも、真っ直ぐと眼と顔を向かい合わせる方がずっと良いものです」


 フィジカは顔を上げ、いまだ鉄荷台に固定されたままの魔刃騎甲ジン・ドールを見つめる。


「少々あなた方の〈ハイザートン〉に興味は惹かれますが、まずは疲れを癒してから此度の作戦会議を始めましょう。簡易的ではありますが温水雨ホットシャワーと簡単な食事もご用意してあります。男手な料理なもので味は少々大雑把ではありますが」

「あぁ、心遣いに感謝する。だが、温水雨や食事よりもまずは我々が現状を知ることが先だろうな」


 フィジカ隊長の用意してくれた心遣いに感謝しつつ、リリィ達、武装実験部隊フレイムの魔操術士は表情を真剣なものとし、すぐに作戦会議に移る事を提案した。





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