五章──最奥の魔獣戦──

魔獣の森最奥へ


 夜が明ける。魔獣の森ブルートゥ・フォレスト最奥へと向かう時が来た。武装実験部隊フレイムとガルシャ魔獣討伐第四小隊の面々はそれぞれの魔刃騎甲ジン・ドールへと乗り込みケヨウス砦を出立する準備を整えた。


『これより、禁足地である魔獣の森最奥へと向かい、救出作戦を開始します。本来であるならばここに居る筈であった第五小隊と共に魔獣達ブルートゥらを最奥へと押し戻すための討伐作戦となる筈でありましまたが、行方知れずとなった第五の皆の捜索を視野に入れた救出作戦と変え、我々は最奥へと足を踏み入れる決断をいたします。ここより先は自然魔力濃度、縄張りへと踏み入る異物を排除せんとする魔獣の攻撃衝動がより高まると見られるため、鉄馬車と生身を晒す魔獣使いは置いていく事とします。異を唱える者はいるでしょうか?』


 フィジカの堂とした外音化術式スピーカを通じた声に第四小隊と武装実験部隊を含めた魔操術士ウィザードの面々は聞き入り、救出作戦に異を唱える者はいない。フィギャアスとの約束通りに捜索を含めた救出作戦へと変わり魔獣の森へと皆、踏み出してゆくのだ。鉄馬車の面々と魔獣使い二名に不満は無いと言えば嘘になるだろうが、最奥に踏み入る未知の危険性とこちら側への安全を考慮した心遣いを理解出来るため、口をつぐみ帰りを待つこととした。


『それでは、出立ッ!!』


 フィジカの〈リ・ガルナモ〉が膝立ちの待騎姿勢から立ち上がると全魔刃騎甲は一斉に立ち上がり、ケヨウス砦を後にする。






 ***





 魔獣の森ブルートゥ・フォレスト──最奥入り口。


 全高五十メートルを超える魔獣の森の巨木郡の密集がより一層に深くなり、僅かばかりの陽光が射し込む中枢と一切の光を遮断する暗闇の世界が口を開けて待ち構える最奥は魔獣と人間の住処を隔ていると錯覚してしまうだろう。そう、ここが「最奥への入り口」である。


「まるで、空想な昔物語に入り込むようだな」


 リリィは魔操術器コックピットの中で少し詩的な感想を呟いた。外音化も交信も繋げていない誰にも聞こえずな独り言である。


『しかし、ケヨウス砦からここまで、魔獣と遭遇しなかったのは運がよかったですね。整備もできない状況では、魔力消耗は極力避けたいところでしたからね』


 少々楽観な声で交信術式コンタクションを飛ばしてきたのは第四小隊のウェックスである。彼の言うとおり砦から最奥の入り口まで向かう間に魔獣に遭遇することも無くやってこられた。しかし、これは運がよいと言えるのかは疑問符であろう。


『楽観はしない方がいい。ここから先はガルシャ民である我々にとっても未知の領域だ。得体の知れない何かが手ぐすねを引いて待っていても不思議ではないんだぞ』


 そんな彼を生真面目な声でたしなめるのは第四小隊の副隊長とも呼べるアルフである。真っ直ぐと背を伸ばしたように見える彼の〈ガルナモ〉の片腕には魔騎装銃アサルトガンが既に握られている。


『別に、楽観視なんてしやしませんけど。こっちは前回と違ってゼトさんも揃っているんですよ。いざって時は合体魔法で蹴散らしてやります。得体の知れない何とやらは』


 アルフの叱るような言い様にまだ歳若いウェックスはついと反発心を口走り、第四小隊の〈ガルナモ〉が四騎の魔騎装銃アサルトガンから撃ち放つ旋風甲弾ウインブリッドを併せることによって発動できる合体魔法「大旋風フウァルストーム」への絶対な自信を覗かせる。これまで大旋風で数々の窮地を脱して来たのだろう彼のもの言いは四騎の〈ガルナモ〉が揃えば無敵であるという増長した心が見える。出会ったばかりの好青年な印象を持った彼とは少し掛け離れているようにも武装実験部隊フレイムの面々にも感じられた。


『ウェックス隊員、森の樹木で塞がれた空間で大旋風フウァルストームを使用することは得策ではありませんよ。大規模な合体魔法は限定された空間では余計な損害を及ぼす危険性があるのです』


 そんな彼を隊長であるフィジカが今度はたしなめる。さすがのウェックスも隊長に言われては口ごたえな発言を返す事はない。


『今のは貴方らしくない発言でもあります。不安から出た虚勢ということにしておきましょう。ここからは気を引き締めて臨んでいただきたい』

『ハイッ、すみませんでしたっ』


 フィジカの叱咤な声にウェックスは気を引き締めな礼を返した。辺りに一種の緊張感が生まれ、第四小隊の面々の気はよりいっそう高まったといえるだろう。リリィはフィジカの叱咤を自分自身にも当てはめて心の中で反芻はんすうとし、自騎の後ろに立つダイスとエイモンの〈ハイザートン〉に向けて交信術式コンタクションを送った。


「ダイス、エイモン。ワタシ達も気を引き締めて行こう。油断の無いようにな」


 リリィの声にダイスの気を張りつめた真っ直ぐな声が戻ってくる。


『油断なんてありませんよ。リリィ隊長の気が緩む事も無いと確信できます。もうあんなの洞窟での戦いは無しに行きましょう』


 ダイスの声からは決意めいた迫力を感じる。再整備調整された彼の〈ハイザートン〉にも力強い勇壮さが見えるとリリィの青い眼はやわく細まった。


『しかしエイモン、オマエは本当にこの作戦に出て大丈夫なのか? あれからたった一日なんだぞ。大人しくカーター先生の傍で大人しくする判断をしても隊長と自分も責めはしない』


 ダイスは隣に立つエイモンにも声をかける。あの洞窟での戦いで盾となり意識なく倒れた戦友を気遣うのは当然と言えるだろう。あと三日は安静をとらなければならない程の昏睡状態であったのだから。


『おいおい、せっかくバッチリお着替えおニューにした〈ハイザートン〉のお披露目を俺だけ袖にされるてのはよくないねぇ。仲間外れは枕濡らして泣いちゃうくらい悲しいもんよ』


 だが、当の本人エイモンは昏睡危篤な状態だったのが嘘のようにいつものオフザケ口調に磨きの掛かった飄々としたマイペースさを口にしている。両肩で存在を主張する改修した大盾装甲もどこか誇らしげに見える。


『皆の想いが詰まって生まれ変わったコイツに懸けて、もうヘタは打たねえ。もう一度あの蝙蝠ヤロウが現れてもな』


 飄々としていたエイモンの呟きにどこか決意めいたものを感じとれる。リリィは決意を口にしたエイモンが今は無茶をする事は無いだろうと確信が持てた。大事な人の想いを無下にして無茶をやらかすほど彼は愚かでは無いと武装実験部隊フレイムが結成されてから三年近くは経つ長い付き合いから、彼の人となりに信頼を寄せている。ダイスもそれは同じ事だ。


『カーター先生に誓って無茶をしない事は理解するが、あの蝙蝠魔獣と再び相まみえると思っているのかエイモン』

『なんでアイツに誓ってる事になってたんだよ。どいつもこいつも勘違いしやがってホントに。まぁ、蝙蝠ヤロウについては口からついと出ちまった言葉だよ。あんなヤロウとは会うのは二度とゴメンだね。寝室のネズミみてえにチョロチョロ現れるのを想像すると寒気しちまうよ。あぁ、ヤダヤダごめんこうむり願い下げってな』

『あまり強調して言葉にすると本当になるとも言うぞ?』

『おいおい脅かしっ子は無しにしてくれよ。今朝たらふく食った朝食を戻しちまいそうだぜ』


 二人の間にある生真面目とおふざけが混ざり合った関係に戻っている事を確認するとリリィは安心をする。作戦前には良くない事かも知れないが、規律で固められるよりも自分たちの関係はこちらの方がずっと良いとリリィは思える。


「ダイス、エイモン。君たちのエンターテインメントショーを始めるのも悪くは無いが、そろそろ気を引き締めていこうッ」


 とはいえ、第四小隊との魔獣討伐作戦の兼ね合いもある。隊長として一応の叱咤はしておくべきかと声を張った交信術式コンタクションを二人に飛ばした。


『は、はいリリィ隊長すみません』

『了解、マジで気を張らせてもらいます』


 二人のそれぞれな反応を確認するとリリィはフィジカの〈リ・ガルナモ〉へと顔を向けると全騎甲に飛ばされた交信術式コンタクションを通じた彼の声が魔操術器コックピット内に響く。


『既に第一から第三までの魔獣討伐小隊は別の区域で作戦を開始している時でしょう。我々は我々のできうる力で第五小隊の救出作戦を開始致します。全騎甲、前進』


 フィジカの号令と共に全高約四メートルの魔刃騎甲達が得体の知れぬ暗き世界が広がる魔獣の森最奥へと脚を踏み出すのであった。








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