隊長同士の会話
「フィジカ、そちらも魔獣鋼化筋肉の慣らしに来たのか?」
邪魔をするのも悪いかと思えたが一応の挨拶はしておくべきだろうと声をかけながら彼の元へと歩幅広く歩いてゆく。フィジカの刈り上げな後頭部と頭の耳が少しだけ揺れ、身体ごとリリィの方へと振り向いた。相も変わらずな剣を鞘から引き抜いたような鋭い眼光であるが、短期間でも彼という人間が分かれば恐ろしさを感じるものはいないだろうとリリィは思う。
「はい、リリィさんもですか。その格好をお見受けするに」
喉の奥で言葉をひき潰したような低い声で尋ねるフィジカにリリィは肯定と
「あぁ、そろそろワタシの〈ハイザートン〉の整備も完了する頃合いかと思ってね。しかし、君の〈ガルナモ〉も随分と様変わりなおめかしをしたようだな」
見上げる格納部に膝立つ〈ガルナモ〉は森のように深く濃い緑色の外装から草花のようなくすんだ黄緑色に塗装され、一般騎な〈ガルナモ〉の鋭角な外装とは明らかに異なる丸みを帯びた
「かなりの無茶をさせてしまいましたからね。整備士と相談の上でですが、魔獣体液の洗浄やキズ深い外装の鍛え直しをするよりも別な外装を取り付ける方が迅速だという事で砦に置いてあった旧型の予備を使用できるようにして貰ったものを取り付けました」
「旧型の予備? ではこれは元々〈ガルナモ〉のものでは無いという事か。いや、しかしこの造型は〈ザートン〉のものとも違うようなのだが。更に旧い
リリィが疑問符を浮かべながらフィジカの改修〈ガルナモ〉を色彩強い青の眼を興味深く輝かせて見上げる。それを見たフィジカは鉄面皮な顔のまま尋ねる。
「もしやとお伺いしますが、リリィさんも本当は
「ん? ああ、そうだな。うん、父上や
フィジカの問いに素直に応えるリリィの顔は幾分か幼さの増した子供のような明るさを見せる。フィジカは「お好きならば」と少し熱を帯びた説明をすることにした。
「これは〈ザートン〉と制式採用騎を競った
「そうか〈ザートン〉と競いあった魔刃騎甲。ならば良い
「競合開発された時期は帝国との戦中でしたのでね、使えるものは使えの精神でこのケヨウス砦に試作用に数騎ほど造られた〈リフマウ〉も配備されていたようです。本体は戦中に大破したようで既にありませんが、予備外装だけは倉庫の奥に眠っていたというわけです」
「なるほど、面白い話を聞けた。では今も使えるものは使えの精神で外装を改修したというわけだ」
「ええ、その通りではありますね」
フィジカは鋭さのある眼を横に動かし、満足納得したと頷くリリィを見下ろし、煌びやかな蒼い瞳と目が合う前に〈ガルナモ〉へと視線を戻した。リリィは視線を外された事に気づきはしたが特に気にせず人差し指を立てて何やら得意気な声を響かせる。
「ところでだ。古着に着替えたコイツの名前は〈リフマウ〉の「リ」を頂戴して〈リ・ガルナモ〉というのはどうだろうか?」
「はぁ、中身は〈ガルナモ〉ですからね。名称を変える必要は無いかと思うのですが……」
ちょっと得意げなリリィの提案は特に意味は無いと指摘をしようかとフィジカは思ったが。
「……個人的には悪くは無いと思いますので頂戴しても?」
「そうかっ、あぁ、君の
「まぁ、今回の任務限りではありますが」
名を気に入ってくれた事に嬉しげに笑うリリィをもう一度横目に見ながらフィジカは表情変わらぬ鉄面皮な口端を少しだけ動かしていた。
「ふむ、まだまだ時間はかかるようですね」
フィジカ騎の〈ガルナモ〉こと〈リ・ガルナモ〉の整備を行う作業員のひとりが両手で「まだダメです」を表す独特なポーズで真顔に戻ったフィジカに伝えているのが見えた。
「うん、どうやらワタシの方も同じらしい」
リリィも指揮型の方を見やるとマリオ主任が何やら慌てて肩を怒らせている様子が見えたが、他の
「では、もう少しだけ話をしないか? 君がよければだが?」
「……特に断る理由は今の私にはありません」
リリィのおしゃべり延長のお誘いを受け、フィジカは短い言葉で了承をした。
少し背にもたれかかれる方がいいだろうとリリィの提案で二人は壁際に向かったが、何故かガルシャ側の整備員らが手早く椅子を持ち込んでくれ、すぐに作業に戻っていく後ろ姿が見えた。
「こちらの整備員さん達は気遣いがよくできるんだな」
「はぁ、いつもはそこまで気を回すような方々では無いのですが」
フィジカは何故か親指を上げる整備員の背をまばたきひとつ無く数秒眺めてから「せっかくなので、座りますか?」とリリィと並んで椅子に腰掛けた。
「それで、何を話しましょうか?」
「そうだなぁ、
二人並びに座って整備中の
「テティフはあなた専用のシャドと言っていたのだがあれはどういう意味なのだろう? よかったら聞かせて貰えないか?」
「ッ……っっ」
フィジカは鋭い眼だけを動かして無言でリリィを見つめるのだが、リリィはただの興味で聞いているだろう事は表情で察しがつき、フィジカは引き結んだままの口を開いて「専用」の意味を答えた。
「彼女はガルシャの地に古くから住む「シャド族」の──」
「──あぁ、それは本人から先ほど聞いたな。
「……そうですか、ならばそこの話は省きますがシャド族の血と文化を色濃く残す彼女達は気に入った相手としか契約を結ばないのです」
「なるほど、テティフはフィジカを気に入ったというわけだな」
「はい、私の何を気に入ったのかは分かりませんが、彼女の森を渡る力と私には無い人柄の良さからくる人脈というものには助かっています。私の連絡役に収まらずとも彼女ならもっと良い役職に着ける事も考えているのですが、テティフは
フィジカは眼を瞑って鼻で溜め息を吐く。自分の下などに付いてテティフの才能を潰してしまうのが惜しいと感じているようだが、リリィはそんなフィジカを見て素直な言葉を口にした。
「テティフは好きだからじゃないのか?」
「……は?」
リリィの言葉に彼としては珍しい惚けた言葉を吐いてその横目で見つめる蒼の瞳としばらく眼をあわせる。リリィは首傾げに次の言葉を口にする。
「
「あぁ、なるほど。確かに」
フィジカはリリィの言っている意味を理解し、短く言葉を切った。
「まぁ、あなたの事も好きだから離れたくは無いのだと思うが」
「……は?」
また不意打ちなリリィの言葉に先ほどと同じような惚けた言葉をフィジカが吐くと、リリィは思わず小さく噴き出して笑ってしまう。
「と、すまない。あなたも意外と可愛らしい反応をするのだなと思ってついな」
リリィは噴き出しな口を小指で抑えて謝ると、
「フィジカ、あなたは好かれている人だよ。テティフだけじゃない、第四小隊の皆もあなたが好きなんだと分かるよ」
「……私は、あまり自分を好きにはなれないので彼らの好意は理解できないのですが」
「なに、それは勿体ないな。あなたはもっと自分を理解した方がいいぞ」
「は?」
リリィの言っている「自分を理解した方がいい」という意味がよく分からず、フィジカはまた惚けた言葉を返していた。
「ああ、話していたらなんだかお腹が空いてきたな。こんな事ならベティが持ってきていたレイズサワークリームサンドを一切れいただいておくんだった」
「今の話でお腹の空く要素はよくと分かりませんが、ベティ隊員のレイズサワークリームサンドはとても美味しいので貴女の方こそ勿体ない事をしましたね」
「そうか、それを聞くと確かに勿体ない事をしたな。よし、ならば慣らしが終わったらまた食べに行こうか。残っていればいいが。アハハ」
リリィは口元を手の甲で抑え笑いながら椅子から立ち上がると、タイミングを見計らったかのように両整備員達が大きく両手を振って声を掛けてきた。
「フィジカ隊長そろそろお願いします」
「リリィ隊長、こっちも準備できましたッ」
どうやら準備が完了したようだなと笑顔のままにリリィは腰に提げた銀ベルトから
「おしゃべり楽しかったよフィジカ。また
「はぁ、私の話なぞ面白みが無いとは思いますが」
「そんな事は無いさ、あなたは面白いから好きだなワタシも。では」
片手を振って指揮型〈ハイザートン〉へと向かうリリィの背を数秒と見つめたままになっていたフィジカは自身の頬を殴りつけ銀ベルトから
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