罠???

 第四小隊・武装実験部隊一行は、もはや僅かな陽光も射し込まぬ暗闇の世界を進んでゆく。人の手によって整えられぬ道は巨大な草花木花が生え散らかる魔獣道であり、全高四メートルを超える魔刃騎甲ジン・ドールの巨躯とて移動するのは困難を極める。魔操術器コックピット内にいるにも関わらずまるで人の身丈で感じる景色と変わらぬ事に魔操術士ウィザード達はそれぞれ妙な違和感を覚えてしまう事だろう。


 一行はなるべく魔獣に察知されるのを防ぐために明かりを灯す事をやめ、ゆっくりと前進を続けている。魔獣は普通の獣とは違い、火や光を恐れる事は無い。光は魔獣にとっては好物である魔結晶鉱物の印であり、魔結晶では無い光と本能が理解しようとも攻撃衝動を異なる光を持つ獲物へと向けるのだ。この攻撃衝動を向けられず余計な戦闘を避けるために灯りを消すという事である。魔操術器コックピット内は外に明かりを灯さなくともある程度は外の映像を見やすく投影するためこの判断を選べるのだ。本来であればリリィの指揮〈ハイザートン〉のデュアルアイに施された熱感知術式サーモグラフィで魔獣の熱を感知し、位置を確認すればよいのだが、デュアルアイとサーモグラフィの欠点として使用すると深紅の双眼が鈍く赤い光を灯すため使用する事が出来ないのである。


 一行は暗がりのなか、エイモン騎〈ハイザートン〉の大盾装甲ビッグシールドを前面に押し出しつつそれぞれ両腕部で掻き分けながら前へと進んでゆく。


 エイモンは普段ならば「俺がいてよかったろ?」と軽口でも叩きながら進んで行きそうではあるが最奥に入ってからはそんな軽口を交信術式コンタクションを使って飛ばしてもこない。魔獣の森最奥の異質な空気というものがそうさせるのであろうか。前に進むに連れ高まる魔力濃度の強まりに腹の奥が熱くなるような頭が重くなってゆくような不快な感覚に意識の大半が支配されそうになるようだ。エイモンでなくとも軽口を叩くような精神状態ではいられないだろう。ただ草木を掻き分け黙々と前進を続け周囲の警戒を続ける事で本来の目的を忘れずに精神を保ち続ける。


 故に、今の状況に気づけている者は少ない。

 いまだ、最奥に入ってからという事に。いくら意図的に灯りを消しているとはいえ最奥は魔獣共の住処である。不穏分子たる魔刃騎甲ジン・ドールが固まりに草木掻き分けな音を立て進んでいるのだ。大小の襲撃を受けても不思議はない筈である。


(妙ではあるとフィジカも気づいているだろうが)


 リリィは魔操術器コックピットの中でフィジカの長大鋼刃剣ロングソード背負いな〈リ・ガルナモ〉を見やりながら緊張の刃を研ぎ澄まし前へと進む。


『ん……前が明るくなってきやがったぞ』


 最前列を進むエイモンは交信術式コンタクションをリリィ達に飛ばす。

 すると同時に大盾で押し退けていた巨大な草木花が消え、開けた空間が現れた。エイモン騎は大盾を両肩の位置に広げ止め、両手で遮るような意味で後方に注意を促す。


『なんだろうなこりゃ、自然にできた渓谷てほどにゃ深くはねえようだが』


 エイモンの黒いまなこがとらえたのは大きく抉れた大地であった。地層から剥き出しとなっている魔結晶の淡く輝く光が無ければ暗黒の世界に沈む底なしの大渓谷へと辿り着いたのかと錯覚してしまう事だろう。


『まるで、空の月が落っこちてきたみてえだ。下に向かって月光の道ができてるような』


 そんな詩的な感想を漏らしたのはエイモン騎のすぐ後ろを歩いていたゼトである。交信術式コンタクションを繋げたままであったエイモンはその呟きに「詩人だねぇ」と魔力濃度の重さの中でも返したくなったが目の前に広がる光景はゼトが言うのも頷ける程に幻想へと誘うような光景である。魔獣の森の大樹に覆われ空も見えない暗闇の中で、巨大に抉れた大地から溢れる淡い魔結晶鉱石マギカラドの輝きは心奪われるには充分であろう。


『リリィさんの綺麗な髪色のような輝きですわね』


 ベティもどこか惚けた呟きを返す。この感想はリリィ以外の面々は同意せざるを得ないだろう。リリィの不思議な月色髪の輝きに暗闇を照らす魔結晶鉱石の淡い輝きはよく似ているように感じるのだ。


『底が見えてるなら降りて確認をしてみましょうか? この程度の深さなら重力低減術式グラビトロで比較的安全に降りられるし向こう側に渡るのも容易い』


 底を眺めながらウェックスが進言する。実際降りて調査をするのも正しい判断のひとつではあるだろう。何故、こんな大地削れな大穴が空いているのかという理由が解明できる可能性もある。不安材料は潰しておくのも精神を保つには重要である。


『いや、ここは不用意に降りるべきでは無いでしょう』


 だが、その進言をフィジカの重く鋭い声が制止した。ウェックス騎も動きを止めてフィジカの次の声を待つ。


『これだけ大量の魔結晶鉱石が剥き出しとなっているのに、魔獣の一匹もありつきに来ないのは妙だ』


 その体表に魔結晶を生やす魔獣の好物は自然発生した魔結晶鉱石であり、その淡い輝きはご馳走があると鈴を鳴らして手招きをするようなもので魔獣が惹かれないわけは無いのだ。こんな魔結晶鉱石の群生状態なぞ、魔獣同士が争いを起こしていても不思議ではない。魔力濃度の重さに酔い意識力が低下傾向にある中でも納得と頷ける。


『ならば、大穴どてっぱらに一発ほど撃ち込んでみますか?』


 魔騎装銃アサルトガンを最奥入口から装備構えしていたアルフが提案をする。


「うむ、このまま手をこまねいて立ち止まったままではジワジワと消耗するだけだな。ワタシはありだと思うぞ」


 リリィはアルフの提案に賛成の票を投じた。周りも賛成と片腕を上げて示す。


『では、私も含め賛成多数。アルフ隊員、一発だけ魔結晶マギカラドに向けて撃ち込みを』

『はっ』


 了承を受けたアルフは魔騎装銃を大穴へと向け構え奥側に輝く魔結晶鉱石に目掛けて旋風甲弾ウィンブリッドを撃ち込んだ。可視化された緑の魔甲弾が尾を引き魔結晶を撃ち抜き砕く。


『──ッッ』


 瞬間、アルフの魔騎装銃が重く引っ張られる感覚に襲われる。操術杖ケインが前に引っ張られ咄嗟の引き戻しも重く、戻されてゆく。

魔刃騎甲ジン・ドールの重量を軽々と引き込んでいく脅威にアルフの防衛本能が魔騎装銃を手放す決断をさせた。引き込まれてゆく魔騎装銃が抉れた地表にぶつからず中空で暴発の衝撃光を放つと同時に無数の異形が姿隠したその身を現す。


『アミ・メレオゥッ』


 アルフの叫びと同時に、魔結晶と同化した肥大な眼がギョロギョロと動き、メレオゥ種特有のイボ付いた緑の体表が次々と姿を現してゆく。その姿は増してゆくばかりである。


 淡く輝く剥き出しな魔結晶鉱石の妖しい輝きは魔獣アミ・メレオゥの狡猾な罠であったのだろうか。







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