フィギャアスの証言


「ここに、魔刃騎甲ジン・ドールが、あるって──あ……ぁぁ」


 フィギャアスの落窪んだ眼に一瞬燃えるような生気が戻った気がしたが、それは一瞬で萎みゆき、首を横に振った。


「無理だぁ、いくらウィザードがいようとジン・ドールがあろうと、にゃ適わねぇ。鉄くずに転がっちまって、みたいになっちまうんだ」


 諦めと絶望の意でこぼされたフィギャアスの言葉にリリィはふと気になる点を見つけ、歩を進めてかがみ込むとフィギャアスの落ちくぼみな眼を光彩強い青の瞳でジッと見つめて気になった点を尋ねた。


「君はいま、見えない所から撃たれたと言ったな、それに間違いはないか?」

「ぇ、あぁ? 間違いねぇ、よ?」


 フィギャアスは高貴なお姫さんのような綺麗な顔の少女が発する言葉尻の強い迫力のある声に若干の怯えを見せながらも肯定をした。


「リリィさん。その見えない所から撃たれたという言葉に心当たりが?」


 フィジカが近づきながらリリィに尋ねると、リリィはフィジカを見上げながら立ち上がり頷いた。


「こちらも洞窟で襲われたと言っただろう? ワタシ達を襲った魔獣の一体も、見えない所から恐ろしい攻撃を仕掛けてきたんだ。取り逃してはしまったがな。あれで生きて動けること自体が悪夢でしかないが」


 リリィの「取り逃した」という証言に、フィジカは自身が目撃した勢いよく空へと飛び立ち消えた巨大な魔獣の存在を思い出させる。


「もしや、空飛び立つ翼を持った巨大魔獣でしょうか? たとえば、蝙蝠のような?」

「姿を確認しているのはダイスだけだが、語っていた特徴と酷似しているッ。そうか、ヤツは確実に外に逃げたんだな。ダイスの狙撃のおかげでワタシ達はこうして立っていられている。この繋げた生命でヤツへの借りを、必ず返してやる」


 二人はお互いのパズルのピースがひとつだけでも嵌ってゆくような気がした。少なくとも正体を目撃できている事は大きな一歩であり、対策を立てやすくもなるというものだ。


「あ、アンタら、アイツの姿を見たってのか。そんで、生き残ってここにいるってのかいッ」


 フィギャアスは信じられないと身体を震わせながら、リリィを真っ直ぐと見つめた。その目には確かな生気が戻っていると感じられた。


「あぁ、その通りだ。ワタシは生きてここにいる。だが、ワタシひとりじゃない。もっと大勢の魔繰術士ウィザードが生き延びこの砦に集結している」


 リリィは力強く頷き、フィギャアスの眼をしっかりと見つめ返した。


「お、おらはこの眼玉めんたまで見たわけじゃねえんだが、アイツと遭遇して生きてられたんなら……姿が分かってるんなら、いっぱい魔繰術士がいるってんなら、次は倒せるって言うんのか?」

「……あぁそうだ、ワタシ達があの巨大魔獣を倒してみせよう」

「た、頼むよ! 旦那さまの仇を、いんや、旦那さまだっての中で生きてるかも知んねぇ、た、助けてやっておくれよッ! おらぁ今度こそ──旦那さまに、旦那さまによう!」

「む……あぁ、分かった。約束をしよう。一度はヤツにダメージを与えている。勝機は必ずこちらにある」


 身を乗り出し唾のかかる事も気にせずの勢いで懇願するフィギャアスの言葉にどこか腑に落ちない点を見つけてしまったが、リリィはそれ以上は言わずに彼のゴツゴツとした岩のような手を強く握り、安心させるだけの気休めな約束をした。フィギャアスはそれを聞くと安堵の表情を浮かべ、ベッドの上へと気を失うように転がった。


 慌てるユーヤングが彼の身体を揺すろうとしたが、フィギャアスは静かに寝息を立て眠っていた。今は安堵の中で本当の意味での眠りにつけたのかも知れなかった。




 リリィ達はフィギャアスを起こさぬように部屋の外へと出て、元きた階下へ向かって歩き出すとフィジカが鼻で深く溜め息を吐いた。


「テティフ、彼の主人「グマノープ・サマーン卿」が目に見えぬ魔獣に襲われて行方不明となって何日と経つ?」

「わかっているはずだろう? 十日さ。ここの魔刃騎甲ジン・ドールがキレイにからになっちまってからも、五日と経つ」


 テティフの竦める肩もどこか重たく見える。


魔刃騎甲ジン・ドールが整備も無しに騎動できるのは魔力補給食マギアサプリを食しても丸一日と半分が限界です。五日、十日なぞ、飲まず食わずに体内魔力が持つはずもない。フィギャアスには酷ですが、サマーン卿を含めた第五小隊の事は諦めるしか無いでしょう」


 魔刃騎甲ジン・ドール魔操術士ウィザード空間圧縮術式ハイスペルスにより無理やりに収納されている特異な環境下に加え騎甲の姿勢制御コントロールバランス重力低減術式グラビトロによって行われている。よって、搭乗するだけでも魔力を少しづつではあるが消費している状態であるため細かな整備と魔操術士ウィザードの体内魔力の管理、回復は必要不可欠なものとなる。連続の騎動時間の目安は約二時間が理想的ともされているのだ。この事から、第五小隊の安否は絶望的と考えるのが妥当と言えるのである。


「そんな、じゃあフィギャアスの願いは鼻から適わねぇって……」

「ユーヤング。魔操術士ウィザードと共に行動することも多い魔獣使いのアンタなら分かるだろう。フィギャアスだって心のどこかでは分かっていた筈さ。せめて生命は無くても身体だけは戻してあげたいとこだけど」


 友の願いは叶わぬ事だとテティフの言うとおりユーヤングは理解はできていた。ただ、フィギャアスがあそこまで後悔をする程に主人に生きていて欲しいと願っているのだ。婿養子で他所から来たグマノープ卿にどこか嫉妬心のようなものを抱えていたあのフィギャアスが自分が生き残ってしまった事を後悔するほどにだ。分かってはいても、その答えは残酷という他は無いだろう。


「だが、万のひとつも可能性が無いのだろうか?」


 その時、凛と真っ直ぐな口調で声を発したのはリリィである。その言葉の意はあまりにも無責任なものに感じる程に現実味は無いと思える。


「本気で仰っていると思えるほど、私も楽観主義ではありませんが?」


 フィジカの声はどこか冷たく突き放すようにも感じられるが、リリィは真っ直ぐと彼の背を見つめて応える。


「分かっている。だが、約束をした以上、無責任であったとしてもワタシは諦めたくないだけだ。それに、今回の魔獣討伐は特殊な事柄が多いんだ。奇跡だって起きる可能性を否定したくは無い」


 一瞬だけ、フィジカの頭に偽善という言葉が過ぎるが、リリィはそこから最も遠い人間であると思い直し、冷たくもハッキリとした声を返した。


「とにかく、討伐のためにこの砦で補給と整備、魔操術士ウィザードは英気を養って万全な状態で二日後にこの先へと向かう事とします。決して単独行動で先に向かう事はないように」

「あぁ、もどかしいがそのくらいの日数は必要だろう。こちらもエイモンの容態が気掛かりでもある。自己中心的な行動を決して起こさない事をここにいる皆に誓おう」


 リリィは真っ直ぐと前を向き、心の臓に短剣を突き刺すような動きで胸上を強く叩き誓うのであった。




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