ケヨウス砦の証言者


「おっと、その前にそちらの方とは初めましてだったね。その上等な卵みたいにツヤツヤな肌の白さはさしずめ助っ人に来てくれたアギマス部隊のお客人て所かい?」


 長身な女は物珍しげに器用な立ち姿で身を眺めて幼子に接するような目線の高さでリリィを見やる。リリィはそこまで自身を小柄だとは思ってはいないが、胸周りにリリィの顔が当たる位置という身長差は目の前の彼女にとって大人が子どもに接する動作を無意識でおこなわせてしまったのだろうと好意的に解釈をした。どこか、彼女の声の響きは礼儀よりも馴れ馴れしさが隠れずに見えるようである。


。こちらはアギマスの隊長殿だ。その無礼な振る舞いはすぐに慎みなさい」


 フィジカは鞘から剣を抜き貫くようなひと睨みを向けるが「テティフ・ブショー」と呼ばれた女は口端くちはを片方だけ上げて改めるつもりは無いと無言で告げる。


「いや、構わないよ。隊長と言っても規律も薄い武装実験部隊だ。逆に堅苦しくしてもらう方が困ってしまうというものだよ。それに、いま重要なのは礼儀やら何やらでは無いはずだろ?」

「へぇ……なるほどねえっ、色んな所がお堅くなっちまってるフィジカ隊長と違って話せるお嬢さんじゃないか。こいつは失礼承知で名前を聞きたくなっちまうねえっ」

「それくらいは構わないさ。ワタシはリリィュ・フレイムだ。ュは発音せずにリリィと呼んでくれればいい。君の嫌いそうな堅苦しさのある隊長も付けなくていい」

「わかったよぅリリィ。馴れ馴れしいのはあたしも性にあっちまっている。堅物は隣でデクっとした大男だけで十分てもんさ。おっとと、あたしの名前もこの唇から名乗らせてもらわないと公平じゃない。では改めて「テティフ・ブショー」があたしって女の名さ。フィジカ隊長専用の連絡役シャドをやらせてもらっている」


 テティフはリリィのいい意味での偉ぶらなさを気に入ったようで、口端くちはを大きく上げた気持ちのいい笑顔で身体を定位置に引き起こした。リリィはフィジカも出立前の作戦会議の際に言っていた「シャド」という言葉が彼女の役職を指すと理解をし、それ以上は深く聞かずにテティフの切れ長な黒い眼を見やる。テティフの笑顔は一瞬で姿を変え、生真面目な表情を作り出し、掠れた声を強く張る。


「状況は歩きながら説明するよ。最も詳しく話を聞かにゃいけないやつは別の場所にいんのさ。おい、ユーヤングッ。あんたも来なっ、お友だちがいた方がアイツも話がしやすいだろうからね」

「へ、へいっ姐さん。是非ともに頼んますっ」


 テティフの声に魔獣厩舎に相棒ファントゥを預けてきたばかりの小型外装脱ぎなユーヤングが慌てて側まで走り込んでくる。兜被りで顔を隠していて分かりづらかったが大層な髭を貯えた鷲鼻な顔に眉尻の下がるユーヤングの表情は友だちを心の底から案じているものであるとリリィは理解できた。







 ***





「隠していてもしょうのない事だからぶっちゃけちまうと、第五小隊の魔操術士ウィザード魔刃騎甲ジン・ドールごと行方不明になっている。帰ってきていないんだよ。一騎たりとね」


 先頭を歩き石階段を登りながらテティフは現状を伝えた。


「行方不明? 魔刃騎甲ジン・ドールごと?」


 リリィはオウム返しに聞き返し、テティフは露出した肩を竦めて話を続ける。


「言葉通りの意味なのさ。砦を離れた区画の歩哨任務に従事していた魔刃騎甲が二騎、行方不明になっちまって、唯一帰還した魔獣使いも禄な証言もできないまま怯えて塞ぎ込んじまっている。余程恐ろしいもんでも見ちまったんだろうさ」


 テティフはひとつ溜め息を吐いて肩を竦める。どこか疲れの酷く見える背中に感じた。


「フィジカ隊長も連絡が途中で途切れちまってすまなかったね。アンタらが来るまで何故かあたしがここを束ねる事になっちまってね、離れるわけにはいかなかったのさ。親分仕事なんざ連絡役シャドの役割りじゃないんだがね、ほっとくわけにもいかなくてさ」

「いえ、事情がわかった今はお気になさらず。それでは第五の「ノートカ・シターロ隊長」も」

「あたしを見る眼玉めんたまはいけ好かないスケベなオヤジだったけどね、いなくなっちまうと張り合いも無くて寂しく感じるもんだね」


 テティフの短い言葉に、フィジカはそれ以上は聞くまいと口を一線に結んだ。


「それで、我々が向かっている先は? 扉がたくさん見えるが、隊員用にあてがわれている個室だろうか?」

「当たらずも遠からずだね、向かうのは幾つかある空き部屋のひとつさ。そこに、歩哨任務から唯一帰還した魔獣使いがずっと閉じこもっている。時たま叫ぶように泣き出したりよく分からない事もずっと呟いていてね。まるで後悔に心が潰されてるって感じさ。しっかり見張っておかないと生命を断っちまいそうで危なかしいよ」


 一瞬、テティフはどこか疲れに絡みつかれたように肩を落としているようにリリィは感じた。


「見張りご苦労さん。さ、会ってもらいたいやつはここにいる。入るよ、いいかい?」


 端にある一室の前に立っている見張りの男に片手を上げると、男は扉前から移動する。テティフは一応のノックをしてから返事が返ってくる前に扉を開けた。


 扉を開けると部屋の中は窓を閉め切り、天井部に浮かばせる照明球ライティングも輝かず床に転がった暗がりの世界だ。


 その暗がり世界の中で、ベッドの上で頭からシーツにくるまり、小刻みにブルブルと震えている男の姿があった。腫れぼったく落ち窪んだ眼には生気は無く、目尻の皺から涙の後が見え、口と顎が繋がった長い髭にまで続いていた。歯並びの悪い黄ばんだ歯でシーツを何度も噛んだのか口元近くのシーツはボロボロとなっている。


「フィギャアス! オメェなんて姿になってッだよッ」


 最後尾にいたユーヤングはたまりかねた訛り強い声を上げてその男に近づいた。よく見ると、髭の生え方や鷲鼻がこの男は血縁だろうかという程にユーヤングによく似ている。だが、老けた顔はフィギャアスと呼ばれた男の方が随分と年上に見える。ユーヤングの方がもっと若々しく感じられる。


「あぁ……ユーヤング……ぁ、アアッ、うわぁぁ……うぅ」


 フィギャアスは心配げなユーヤングの顔を見て一瞬生気が戻ったように感じられたが、すぐに涙をこぼして子どものように泣きじゃくり始めた。


「話せるかい?」


 テティフが無遠慮に大股歩きで近づくとフィギャアスはブンブンと首を小さく横に振り、拒絶の意を示した。


「おらは生きてちゃいけねえだよ。旦那さまを見殺しにしちまったおらは生きてちゃいけねぇ。なぁ、おねげえだ、死なせておくれなよ」


 何度となくテティフが聞いたフィギャアスの死を懇願する言葉だ。戻ってきたらずっと耳が痛くなる程に聞いたフィギャアスの呪詛にも似た贖罪の言葉だ。


「悪いが死ぬんなら極力寿命てやつで死にな。いまアンタに必要なのはまともに証言する口だけだよ」


 テティフは優しい言動なぞは必要無いとフィギャアスを見下ろし、吐き捨てるように言った。


「あっぁ──ああぁぁ、証言なんざ知らねえよ。あんなの知らねえよ」

「フィギャアス……オメェ」


 見下ろす視線から逃げ出すようにフィギャアスは丸く蹲り、メソメソと泣き拒絶の意を続ける。そんな変わり果てた友人の姿を見てユーヤングはもはや何も言えずとテティフに首を横に振るがテティフは構わずに下から無理やり顔を覗き込み、逃がそうとはしてくれなかった。


「もう逃げるのは終わりなんだよフィギャアス。少なくとも、アンタの別の願いを叶えてくれる方々がご到着だ」

「おらの、別ん、願い?」


 フィギャアスはテティフの言葉に顔を上げ、彼女の後ろに立つ人の気配に初めて気が付き顔を上げた。


「ほら、見えるだろう操術衣スーツを着たあの姿を」

「……魔操術士ウィザードなんか? 魔刃騎甲ジン・ドールがあるんか、ここに?」


 フィギャアスは虚ろに落窪んだ眼でリリィとフィジカの操術衣スーツに身を包んだ姿を見て、声を震わせ頭に被ったシーツを床へと滑り落とした。

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