骸との戦い──異形植物・根


 骸魔刃騎甲の頭部に侵食し張り巡らされた異形植物が蠢き、触手のような幾つもの根の尖端がフィジカの〈リ・ガルナモ〉へと向かい新たな寄生先として貫かんとしていた。


 フィジカはバカにゆっくりと感じる時刻とききざみの中でヤツらの養分として生き長らえる地獄よりも自ら「死」を受け入れる覚悟を決めていた。己が運命にもはや「生」は無いと虚しくも理解できたのだ。悔やむのは、部下を守れずに無様を晒し逝く己の不甲斐なさだ。




 そして────魔結晶が穿かれ砕ける音が大穴に響いた。



 フィジカの眼が飛び出んとばかりに皿と大きく見開かれる。






 目の前で魔結晶投影境面マギイリュモニタ穿光景が映し出されていた。


 鋼刃剣ソードは焔の熱をあげ、上段へと突き上がりマギイリュアイが脳髄をぶちまけるように溶け砕かれ、骸魔刃騎甲がくずおれるのと変わり真紅双眼の魔刃騎甲ハイザートンが高く掲げた鋼刃剣ソードを中空で振り戦熱の焔を鎮め立つ勇とした姿。それはフィジカの眼に確かに映った。


『無事だなフィジカ、ベティも』


 掲げた鋼刃剣ソードを振り降ろした〈ハイザートン〉の双眼の灯りが柔く細まるように小さくなると同時にリリィの声が響く。


「ええ、まだ、ベティ隊員は気を失った、ままのようですが……助かりました」


 フィジカは全力を懸け振り放った一撃による大量の魔力消費と急激に押し寄せる魔力濃度の高さからくる酔いに、体内魔力の流れを一時的に制御コントロールできぬ状態ではあるが何とか返事を返した。


『ベティがまだ。そうか……急いだ方がよさそうだな。フィジカ、貴方の常態もよくないなすぐにでも地上に戻った方がいい。だが少しだけ、待っていてくれ』


 リリィは即座に目を覚まさぬベティとフィジカの不調も感じ取り、地上へとすぐに戻る事を決め、目の前に転がる骸魔刃騎甲の胴体部に鋼刃剣を突き刺し再び焔を燃え上がらせた。絡みつく異形植物がまるで悲鳴でもあげるかのように暴れ、燃え散ってゆく。


「それは、いったい、何を?」


 フィジカは一瞬、リリィの行動が理解できなかった。魔力の供給源となる骸魔刃騎甲の頭部を切り離す事さえできれば、無力化できるのはリリィの戦いで分かった事だ。これ以上は無駄に魔力を消費しない方がよいと思われる。念には念をという事であろうか。


『あぁ、なんとか異形植物コイツだけを燃やしつくしておけば騎甲彼等だけを連れ帰る事も可能になるだろう』

「連れ、帰る?」


 リリィの「連れ帰る」という言葉にフィジカの疲労過多な脳髄が理解を示すには時を有してしまう。リリィは異形植物を燃やしきった鋼刃剣ソードを引き抜き言葉を続けた。


『約束したからだよ、連れて帰ると』

「そう……ですね」


 フィジカは異形植物により変わり果てた骸魔刃騎甲を驚異としてしか見ていなかった自分に遅れて気づき、それと同時に彼女リリィがフィギャアスと交わした約束を忘れずグマノープ卿をはじめとした第五小隊の仲間達を連れ帰る事を諦めていなかったのだと理解できた。


『よし、これならいいだろう。フィジカ、まずはワタシが貴方とベティを地上に上げてから第五小隊の魔刃騎甲ジン・ドールを上げに戻ろうと思う。ワタシは往復するくらいの力は残っているが、全てを抱えて戻るのはさすがに難しいからな、後に残してしまう事に心苦しさはあるが』


 リリィの〈ハイザートン〉は異形植物が燃え落ち、痩せ細った鋼鉄骨格の見える〈ガルナモ〉だった魔刃騎甲に紅い双眼を向けていた。そこに、先程の戦いでみせた地獄世界ゲ=ヘンナー悪魔デ=アベルのような姿は無い。今のフィジカには彼女の〈ハイザートン〉が慈愛に満ちた水色の天使に見えた。


(しかし、この悪魔のような植物は、いったいなんだったのだ?)


 フィジカは今一度、黒く燃え散った異形植物だった物を見つめた。禁足地と定められた魔獣の森最奥にはこんな寄生植物が存在していたのかとまだ鈍い頭で考え、恐ろしくなる。もしかしたら、ガルシャの上層は魔獣ブルートゥとの生息域の境界線とする事にしたのは植物コイツの存在を知っていて最奥を禁足地としたのかも知れない。それが、ジオッカの脱走兵騒動により刺激され、こちらに驚異の触手を伸ばしたのかも知れない。鈍い頭に浮かんだ「かも知れない」ばかりの疑念な思考をフィジカは額を打ち付け、消した。本来は末端の騎団員である自分には分かりえぬ事、今は、リリィの言うとおりにこの大穴から脱出する事が先決だ。余計な考えなぞ、後回しにすればよいと息を静かに吐き出して無駄なことを考えようとする心を落ち着かせた。


『フィジカ、ベティを先に抱え──ッッ?!』


 リリィがベティ騎を抱えるために〈ハイザートン〉の右腕を伸ばそうとした瞬間──声に緊張の色が走り、リリィ騎は伸ばそうとした右腕をそのまま振り被り、背後に迫り来る槍の如きを打ち弾いた。


『迂闊だったな。まだ大物が隠れていたようだ』


 再び鋼刃剣を握り刃を向けるその先には、魔結晶鉱石やアミ・メレオゥの骸を打ち飛ばしながら地表壁を蚯蚓ミミズの如く削り取り無数の植物の根が大蛇が暴れ狂うように迫ってくるその光景を見てリリィは直感した。


(この不自然な大穴を作った主はコイツか?)


 地中から植物の根が絡まった物体がせり上がり、リリィの〈ハイザートン〉を不気味に見下ろしてくる。


脱走兵奴やつらめ、厄介な物を残して行ってくれたようだな』


 リリィが呟き、見上げたそこにある根絡む物体はジオッカの魔刃騎甲ジン・ドール〈グラーゲ〉の笠のような巨大追加装甲の朽ちた残骸であった。


 恐らくこの〈グラーゲ〉の巨大装甲だった物は魔獣騒動の起因となったジオッカの脱走兵達が置き去りにしたものだろう。蛮に動いた奴等の素行を考えるにこの異形植物に襲われた仲間を贄として命からがらと逃亡をはかれたのだ。捕らえた際にこの事を口にしなかったのは奴等なりの小さな尊厳プライドか起きた恐怖による口のつぐみかは今のリリィには分からずともどうでもよいことである。分かるのは、あの〈グラーゲ〉は装甲のみを残し本体は搾り取られ朽ちきって異形根に分解されたという事だ。


 巨大装甲グラーゲに絡む異形根は地表壁を削り、アミ・メレオゥの骸を更に蹴散らしながら集まってくる。この異形植物がどれだけ巨大な存在かが分かる。恐らくこの大穴を作ったのは異形植物ヤツに違いないだろう。森の巨木群を沈め、そこに居たメレオゥの群れを大穴に落とし入れ、自然界上位の存在と本能でわからせ、新たな餌を喰らう為の罠として使役し、利用したのだ。


 そして、この異形植物の根は地表壁を這い、地上へと続いている。ヤツの「本体」は地上にいると短い時の中で理解するとリリィの真上を向く蒼い眼は大きな焦りに広がった。


(地上側が危ないッ!?)


 地上の危機を理解するが、目の前の脅威は活きの良い餌を逃がさぬと立ちはだかる。異形植物根ヤツを倒さねば地上へと駆け付ける事は叶わないと肌に絡み腹と頭を圧迫とする魔力濃度の締め付けがリリィに理解をさせた。

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