骸との戦い──フィジカ


(いったい……彼女は)


 フィジカは目の前で繰り広げられるリリィの戦いを驚愕と見つめていた。骸魔刃騎甲の攻撃を回避かわし、疾風の如き突撃戦闘から業火一閃と瞬く間に骸魔刃騎甲を仕留めてみせた。ゆる掌でもう一騎の頭部を締め砕く〈ハイザートン〉の姿はまるでこの世の物では無い地獄世界ゲ=ヘンナーの住人たる悪魔デ=アベルのように見えてしまった。それをすぐ様に否定しようとする心のゆとりも今のフィジカには持ちえなかった。


「ッッ、リ──」


 リリィの〈ハイザートン〉の背後に迫る焔燻る骸魔刃騎甲の襲撃にフィジカは声をあげようとするが、リリィは振り返る事無くそれを剣先で突き飛ばし次なる反撃体勢に入り、仕留めにかかった。それも一瞬のうちに蹴りをつけてしまう事だろう。


(この魔力濃度の重さ、なぜあそこまで、身軽に戦えるのだ)


 魔騎装銃アサルト引鉄トリガーひく動作を繰術杖ケインに伝える腕の動きさえも重く感じ、騎体姿勢を自動制御させる重力低減術式グラビトロに徐々に息があがってくる。地上でうち放った廻転剣撃の体内魔力消耗だけで身体に気だるさを与え続けてくる。この尋常ならざる魔力濃度の高さは体内魔力の流れを急激に蝕んでくる。魔繰術器コックピット内で外界と遮断されてるというのに、まるで外へと放り出されたかのように魔力酔いが酷く進み、自分こそが頭を締めあげられているのではないかと錯覚する頭の痛みが断続と襲い来る。迅速に地上へと這い上がらなければ危険だと身体が危険を発し訴えてくる。こんな異常をきたす空間の中で、魔力消耗も構わず魔法術式スクリプトを駆使し、魔力酔いなぞ微塵も感じられず縦横無尽と戦い続けられるリリィは、明らかに桁違いな超人であるとフィジカは理解できる。この重い魔力濃度を耐え続ける程に彼女の内に蓄積されている体内魔力は高いのか。いや、高かろうと純度の高すぎる魔力濃度の海に沈められているようなこの状態で身体に影響を受けない筈は無いのだ。それはもはや「人」の範疇には収まらない「何か」だ。


「グッ──ふうぅッッ」


 フィジカは普段は考えつきもしないようなの思考へと支配されかかっている頭を奥歯が砕けそうな程に噛み締め、大きく息を吐き出し自身の脳髄に巣食うを払う。


(彼女が、己が身を懸けてまで戦ってくれているからこそ、私達は助かっている。私の、矮小な思考で、彼女をとぼしめる侮辱なぞ絶対に許されないッ)


 いまだ魔繰術器コックピット内で意識は戻っていないのか微動だにせず交信術式コンタクション外音化術式スピーカを通じた返事も無いベティの痛々しく仰向けに倒れ込む外装損傷激しい〈ガルナモ〉を一瞥としてフィジカは魔力濃度の重さに主導権を奪われた躰全身へと刃を突き刺し抉るような苦痛を覚えながらも無理矢理と力を込めて、長大鋼刃剣ロングソードを地に突き立てて〈リ・ガルナモ〉の巨躯を立ち上がらせた。


(今は、私にできる事を考えろ)


 戦闘続け距離を放されているリリィに代わりこの状況下で意識無き部下を守れるのはフィジカである。フィジカは「守れ」と告げられたリリィの凛とした強い言葉を何度も脳髄に循環させの思考に飲み込まれないように唸るような叫びをあげる。


「っ……グウォァゥッ!」


〈リ・ガルナモ〉の立ち上がりと同時にアミ・メレオゥの焦げた焼骸から再び二騎の骸魔刃騎甲が這い出てきた。行方知れずの第五小隊の魔刃騎甲は五騎、ガルシャの軍にしか分からぬ彫り深い胸部外装を証とする隊長騎もリリィの戦う骸の中に確認した。目の前にする二騎の外装はより汚れ歪み、異形植物の侵食も深く見える。恐らく、最初に行方知れずとなったグマノープ・サマーン卿達の〈ガルナモ〉に違いないだろう。第五小隊はもう全て得体の知れない異形植物によって全滅したのだという現実を理解するしかない。騎甲ドールだけが、死してなお生かし続けられる屍として動かされているのだと。


 同胞だったものが異形の植物に使い捨てられるためになおも動かされている。この異形植物がどういった物かをフィジカは理解する気なぞ到底無いが、新たな寄生先として動き鈍く新しい魔刃騎甲カラダのフィジカ騎に狙い定めて隠れ続けた姿を露としてきたのは明らかだろう。


(彼女リリィも同胞を手に掛ける覚悟を持って戦っているに違いないのだ。私が、そこから逃げ出す事なぞ許されはしないッ)


 フィジカらに迫ろうとする二騎の骸魔刃騎甲に向かって何とか一刀の長大鋼刃剣ロングソードを両手掴みに構えた。無様を晒そうともこれ以上、同胞の亡骸を奴らの道具と利用させるわけにはいかないのだと気を張り、襲い来る骸魔刃騎甲に向かってゆく。


 狭くなった思考の中でリリィが繰り出した首を飛ばし頭部マギイリュアイを破壊する攻撃から無力化できた事からヤツらは魔力補助タンクの役割も持つマギイリュアイから主に魔力を搾取し生命力としている事を理解したフィジカは、眼を大きく剥き脅威的な精神力で魔力を長大鋼刃剣ロングソードへと一点集中とさせ、瞬速の一歩を踏み出し可視化された逆巻く緑の風を刃に付与し疾風一閃と骸魔刃騎甲の首に向かって横凪に斬と振り斬る。


 魔力濃度の高さによる不調から魔力をコントロールする事はできない。全てを賭けた一撃で勝機を見いだせねば意味するは「死」である。必ず二騎ともその首をはね上げて見せるとフィジカは全力で繰術杖ケインを振り風刃を加速させた。


 骸魔刃騎甲の首へと全力と振り抜かれた疾風一閃の一撃は骸魔刃騎甲一騎の頭部を断と跳ね飛ばした。勢い衰えず横へと居並んだもう一騎の首も瞬時にはね飛ばそうと更に風刃を超加速させる。


『つッっッッ!?』


 だが、緑風の刃纏った長大鋼刃剣ロングソードの刃が突然と真っ二つに砕け折れ、最後の骸魔刃騎甲の首を跳ねること叶わず一閃は空を斬り、緑風の刃は霧散と消え散った。


 大振りに体勢を崩した〈リ・ガルナモ〉の巨躯は骸魔刃騎甲の目の前で無防備を晒し、単眼な頭部に侵食した異形植物が眼球に血走るように蠢きフィジカを捕食せんといま、襲いかからんとする。


 フィジカは大きく眼を見開き、己の不運を呪った。




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