地上の異変

魔獣の森最奥──大穴地上付近。


交信術式コンタクション雑音ノイズばかりで応答がないんです。大穴の底は見えているのに隊長達の姿がまるで見えないのなんておかしいんですよ。やはり、すぐに追いかけるべきだったのではッ』


 ウェックスは自分の慢心で大穴に引きずり込まれていったベティとその後をすぐ様に追い掛けて行った二人の隊長が大穴に入り込んで数分。交信術式コンタクションで呼びかけても一向に繋がらぬ事に焦りを見せていた。ウェックスの後悔の念は強く伸し掛る。


『落ち着くんだウェックス、先程までメレオゥのむらがりが続いていたんだ。後をすぐに追い掛ける事は不可能だった。いま、交信術式コンタクションが繋がらないのは恐らくこの下はより強い魔力濃度の中にあって遮断されているんだろうな。ここで全員が後に続いて追い掛ける事は全滅な自殺行為にもなりかねん。俺も交信術式コンタクションがまるで繋がらない事に不安が無いという訳では無いが、今はフィジカ隊長達を信じて待つ事が賢明だ。ゼト、一時的に俺の〈ガルナモ〉を通して武装実験部隊フレイムの皆にもこちらからの交信術式コンタクションを共有してもらう』


 焦りの中にあるウェックスをアルフがどうにか冷静と落ち着かせようとするが、ウェックスはそのいやに落ち着き払った言動に更なる苛立ちを覚えついと反論を口にしてしまう。


『アルフさんは何故そうも落ち着いていられるんですか、隊長とベティさんがこんな得体の知れない大穴の底に沈んちゃってどうなっちまっているのかも分からないってのにッ』

『おいウェックス、アルフさんは間違った事は言っちゃいねぇ。冷静になれっていつものおまえなら理解出来るだろ。それに、アルフさんが本当に落ち着いていられると思ってんのか、この人にとってはな──』

『──よせゼト、俺の私情なぞ今はいらん事だ。ウェックス、おまえが焦る気持ちも分からん事は無いが、今は責めあってる時でもないんだ。俺達は、いまだ魔獣の腹の中にいるようなものだからな、無理やりにでも頭を冷やして全騎警戒を怠らずにしなければならん』


ゼトとアルフの自身の焦りに荒ぶっている感情を諭し落ち着かせようとする言葉に、ウェックスは「すみません」と静かに弱い言葉を漏らした。


『エイモン、ダイスのお二方もリリィ隊長の安否が気になるとは思う』


アルフは次に交信術式コンタクションの繋ぎ直しを確認しつつエイモンとダイスにも声を掛けた。彼らとしても自分達の隊長の安否が分からない状態は不安である事だろうと柔い声色で掛けた言葉だ。彼らにも冷静に務めて貰いたいという思いもアルフにはある。


『──わかってますって、心配しなくても俺達はリリィ隊長を心配する事はありませんってね』

『おい、エイモン。それは隊長を心配して無いと聞こえて誤解されてしまうぞッ。あの、違います。心配をしているるのですがエイモンは隊長を信頼しているという意味でしてッ』


だが、言われずとも彼らは彼らなりの冷静を保っているようである。同時に「信頼」という言葉が彼らの声色に乗っているとアルフは感じ取り、これ以上の己のお節介な冷静論はいらぬと判断できた。


『ああ、了解した。俺もフィジカ隊長ならばベティを救出して戻ってきてくれるだろうという信頼がある。それに君たちの信ずる君たちの隊長が後を追いかけてくれたんだ。信頼は二度がけとなっているな。しかし、この大穴の奥の状態が分かるものでは無いのが不安では無いと言えば嘘になる。長く感じるのはこちらに帰還する手段を探しているのかも知れんと思いたいが』


 あまり楽観とした思考をするべきでは無いのだろうが、今は隊長達の信頼に心を軽く持たせ戻ってくるまでの体勢を整えるべきであるとアルフは判断する。先程までの戦闘で他の魔獣を引き寄せているという可能性もあるのだ。皆もそれは分かっている事だろうが、今のところ不気味な程に他の魔獣の存在を感じない。それが逆に一行には恐ろしくもある。


『しかし、このアミ・メレオゥはやはり妙だったな。奴らの生息域は樹木の上なはずだ。剥き出しの魔結晶鉱石てオヤツに惹かれちまったとしてもあんなバカみてえな数が地中に留まり続けているのはどうもおかしいんじゃねえのか?』


 不気味さに耐えかねて発言をしたのはゼトだ。この地中よりのアミ・メレオゥの不自然さに先日の黒曜石色のような変異種に似たものである可能性も捨てきれぬものであるが、あの緑の体表は目撃数の多いアミ・メレオゥにしかみえぬのだ。仮にアミ・メレオゥとしても自然に生きる魔獣が幾年と根付く獣の習性というものを激的に変えてしまえるものだろうかと考えるのである。


 そして、黒曜石色のメレオゥを思い出すのと真新しく削りできた大穴を見ると同時にひとつの考えが浮かび上がりゼトの操術杖ケインを握る手は知らず震えていた。


『おい、ダイス、エイモン。こいつはあんまり思い出したくもねえんだが……この大穴のぶち空けは、あの「蝙蝠野郎」の仕業なんじゃねえのか?』


 ゼトの唇を震わせて発した言葉に武装実験部隊フレイムの面々は一斉に彼の乗る〈ガルナモ〉へと意識を向ける。


『蝙蝠あんな巨大な魔獣がこの大穴を空けたていうのか? いや、あの衝撃波コウゲキ図体ずうたいならばできてもおかしくはないのかも知れないが、ゼト蝙蝠アレがココにいるって思えるのか?』


 唯一その姿をロングレンジスナイパ越しではあるが確認しているダイスが生唾を緊張に飲み込み心無しか早口と言葉を吐き出す。あの異様な姿をした怪物が地面に向かって衝撃波を発し、こんな巨大な大穴を削り作ったのかと想像をすると自然に身震いをする。

 姿こそ見ていないがあの衝撃波の恐ろしさをその身に刻まれたエイモンにも自然と緊張が走る。特に真正面から受け止め生死の境をさまよった経験は未だ恐怖の根が心にすくっているのかと苦く笑いながら、変わらぬ軽口をこぼす。


『なんだよ、随分とお早いリベンジ戦がくるかもしれねえのかい。せっかちな野郎だねぇ、たく。ま、今は特別ゲストのご登場はねえようだからな。ここでわかる範囲で考えっこしましょうや』


 軽口には余裕を持たせたつもりだが、エイモンの心にはやはり死の境を体感した恐れという楔が打ち込まれている。死ぬ事が恐ろしくないなどと、心に嘘はつけない。洞窟では咄嗟に動いてしまったがあれは大盾装甲への信頼が厚かっただけだ、自分には生きなければならない理由がまだあるのだと。


(だが、アイツの調整してくれた術式と提案した新しい大盾は信じてぇ)


 エイモンは震えていた心を赤い眼で睨む生意気な顔で睨んでくるサマージェンを思い浮かべ、恐怖心を塗り替え、操術杖ケインを繰り、踏板ペダルを押し込み大盾装甲を展開させた〈ハイザートン〉を一歩前へと進ませた。


『しっかし、このまんま森に空いたデッケェおへそを野郎同士で雁首揃えてご鑑賞してても仕方ねえや。隊長達が戻ってきたら俺はもうちょい前へと進むピクニックを提案しますよ。いまだ第五の魔刃騎甲一体と見つけちゃいないからな』


 エイモンのいつも調子に聞こえる軽口に付き合いの長いダイスはどこか、彼が無理をしているようだとすぐに分かったが、あえて口を噤む。


『あぁ、俺もこんなとこで地団駄踏んでる場合じゃねえとは思っている。だが、俺はもうちょっと大穴を調べてぇな』


 エイモンの軽口に変わりに応えたのはゼトである。洞窟で助けられた事と昨日のわだかまりの解消でエイモンを信じる心は第四小隊ではもっとも強くはあるが、自分の意見も伝えて大穴を覗き込み調べ始めた。


『なんだろうな、よく見るとこの大穴の地表に何か根っこみてえなのが見えるような……』

『根っこ? そりゃ大穴に分断されたって言っても森の樹木は近くに生えてんだ。根っこくらいあるもんだろうが』

『いや、それは分かるが、なにか不自然な──』


 ゼトの訝しがった声にエイモンは言葉を返すが、ゼトはどこか違和感を感じ、もう一度注意深く見ようと眼を境面に近づけて観察しようとする。


『──ッッ?!』


 その時、前方から予期せぬが一騎の魔刃騎甲ジン・ドールを襲ってきた。











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