信ずる心


 突如、樹木群の間を抜うように最奥からの衝撃が一行を襲う。それは、一瞬の間を感じる事も無く重力低減術式グラビトロの防壁能力を喰い破ってきた。異質な脅威が突然に撃ち込まれたのである。


『グ──ウゥッッ?!!』


 衝撃の一撃を喰らったのはエイモン騎〈ハイザートン〉の大盾装甲ビッグシールドであった。運良く前面に展開していた事もあり致命ともならん一撃を免れていた。突然の予期する間ない衝撃に一瞬、例の洞窟蝙蝠魔獣戦の己が存在を殺されかけた衝撃波の悪夢が頭に過ぎるが、この一撃は全くの別物であるとすぐに確信が持てた。これは、一点集中と貫き破る超高速の弾丸のようであるのだ。重力低減を一時とはいえ破られた一瞬、後方へと押し込まれたエイモンは姿勢制御バランスを崩されかけるも厚く鍛え上げられた新大盾装甲が一撃を推し止め大盾を突き破られることは免れた。エイモン騎は再構築される重力低減術式グラビトロ自動補助オートリアクションにより姿勢制御バランスを安定させ浮かせた両脚に重力を押し加え地を踏み締めた。


(こいつの新しおニューな頑丈さ、サージェとマリオ主任達整備の皆に感謝ばかりだ本当によ)


 新たな大盾のおかげで命を拾えたのだとエイモンは乱れた息を整えながら心の中でサマージェン達に最大限の感謝をした。ホッと胸を撫で下ろすようなサマージェンの姿を想像すると可笑しくもなるが、この襲ってきた一撃の前にマヌケと油断を晒すわけにはいかぬと気を引き締め直し、この場にいる全騎に繋がり直された交信術式コンタクションを通じ危機を知らせるべく大声を張った。


『気をつけろッ、大穴反対向こう側さんの奥からトンデモねえのが撃ち込まれたッ。いいか、絶対に俺の盾より前に行くんじゃねえぞッ。ちとクラっとするくらいにゃデケェ一発だが大盾装甲コイツなら暫くは余裕で防げるってもんだからなッ』


 エイモンの圧ある叫びと目の前で起こった一瞬の攻撃に緊張が走り、全騎はエイモンの声に従い後方へと下がる。


『まさか、今のがウワサの蝙蝠魔獣の攻撃なのでは』


 昨日からゼトに聞かされてきた巨大な蝙蝠魔獣の存在が頭をもたげ、己の想像範疇での恐怖の中でウェックスが乾く喉から振り絞りな声をあげるがそれをゼトの低い声が否定した。


『いいや、あのオゾマシイ攻撃ならこんな生優しくはねえはずだ。あいつを喰らえばこの場にいる全員、立ってなんていられなくなるぞ。今の魔力酔い状態コンディションでは気を失っちまうかもしれねぇぞ』


 ゼトの焦りの中にありながらも簡潔とした言葉は分かりやすくも体感した恐ろしさを伝える。その言葉にウェックスは知らず想像とする恐怖から眼を大きく開く。洞窟での衝撃波を体感した者の発言はあらためて真と迫ったものであると理解し、出ない唾を空気と一緒に飲みこんだ。


『おいおい、この一発もなかなかにヘビーなもんだがね』


 エイモンは軽口を挟みながら目線上部のみを開かせた大盾越しから前を睨む、次の一撃はまだ来ない。先程の攻撃のは連発できないものだと判断するべきか、一瞬の迷いを生じさせる。


『こちらで、襲撃者を見破るぞっ』


 ダイスが長距離照準術式ロングレンジスナイパを発動し洞窟と同じように相手の正体を捕らえる事を提案するが、エイモンはそれを制止する。


『待ちなって、おまえさんご自慢な遠眼鏡の準備ドレスアップにゃ時間が掛かりすぎちまう。それに、この魔力濃度の高ぇ酔っ払い状態の中なんだぞ、そんなイチバチに懸けるなんざあまりにもリスクが高すぎってもんだぜ』


 長距離照準術式の弱点である無防備の数分を晒すわけにはいかない。それに加え魔操術器コックピットにまで影響を及ぼす魔力濃度の負荷にたとえ相手の正体を見破れたとしても狙撃の焦点を合わせ狙えるかが、怪しいといったところである。今は大盾が耐えられる一撃とはいえ距離感の見えぬ襲撃者へと反撃に打ってでるのは困難を極めるだろうとエイモンは考え、ダイスは無言にその声を聞いた。一応の攻撃準備だけはせんと自身の魔騎装銃の状態をいま一度、確認し始める。


(落ち着きなよ、今は冷静に考えさせていただける襲撃者テメェからの余裕てもんプレゼントを利用させてもらうぜ)


 魔力濃度の負荷の中で緻密な思考を続けるのは困難を極めるが、エイモンは思考を止めず現状を打破する方法を探す。ここで立ちん坊なデク人形となるのは全滅を意味するからだ。


(っ──なんだ?)


 エイモンが大盾上部覗き穴から境面モニタ越しに目を凝らし次の一撃を警戒していると、ふいに、不自然なものが動き出しているのが見えた気がした。エイモンは焦点を目の前の覗き穴へと移す。


 あきらかに、何かが蠢いて覗き穴を登ってきている。


 それはまるで幾つもの触手が生えだしたような──


(こいつは──)


 ──驚異であると本能が判断すると同時にソレは熟し破裂した種のような中心部から根を瞬時に伸ばしエイモン騎の顔面外装フェイスガードへと向かい襲いかかってきた。


 境面モニタに映るそれは自身の顔面を穿くような錯覚を感じエイモンの黒い眼が絶望と大きく広がった。


『──ッッッッ!!!??』


 瞬間──エイモン騎の頭部の間を無理矢理にこじ開けるように後ろから、おぞましい木根の集合体が覗き穴の外へと押し戻され、迷わずと発砲されると不気味な根は魔結晶が砕けるような音を立てて破裂した。


『なんなんだいまのはッ』


 背後から咄嗟に銃口を突き入れたダイスの震えた声が響く。彼にもあのこの世のものと思えぬ小さく不気味な姿をとらえたようで、咄嗟に魔騎装銃アサルトを突き入れ引鉄トリガーを引いたのだ。エイモンにとってそのダイスの判断は己が運命を左右する反射的行動となったような気がした。


『すまな──ッッ!!?』


 エイモンが礼を言おうとした瞬間、再び大盾装甲ビッグシールドに穿ち貫かんとする衝撃が走る。重力低減を再び崩しかけるが今度は地にしっかりと足を着ける姿勢制御を取り、先程のような奇襲成功とはさせなかった。


 それと同時に、あの不気味な木根の集合体が覗き穴から登ってくるのが見え、ダイスが魔騎装銃を引き槍を突くように前に押し出し、発砲をした。再び破裂音が響く。


(間違いねぇ、木根アレが撃ち込まれてきてるんだ)


 二度も認めれば確信へと変わる。何者かは分からないが得体の知れない怪物の弾丸をこちらに向かって撃ち込まれているのだと。次弾が来ないという事は連発と撃ち込むには時間が掛かるという事だ。その僅かな余裕も時間稼ぎにしかならぬだろう。


(このままじゃ、一方的な的当てのカカシじゃねえか)


 エイモンは憎々しげに奥歯を強く噛み、次に来るだろう一撃をいつまでも警戒するしかないのか。時間を掛けて蝕んでゆく毒のような焦りを覚えていた。


『エイモン、長距離ロングレンジを使うぞ!』


 蝕む焦りの中でダイスの真っ直ぐと耳を貫くような強い声が響く。


『ソイツは待てと──』

『──臆病をみせている場合なのか! 魔甲弾タマも有限なんだぞこちらを信じてくれ、一撃で討ってみせる!』


 ダイスの信念を持った声にエイモンは真正面から殴られたような気分だ。あの蝙蝠魔獣との戦いで慎重という名の臆病風に吹かれ過ぎていたのかもしれない。再びの姿なき襲撃による絶対絶命なこの状態を脱するにはダイス狙撃の腕スナイパ戦熱炸裂穿牙バーストニードルしか無いと分かっていたはずだ。ダイスは討ってみせると言っているのだ。ダイスに懸けるサイを振るしかない。


『へ、大口を叩いたんならやってみせろよッ』

銃砲大口は得意だ任せて貰う!』


 ダイスは大盾上部覗き穴に銃口を突き刺したまま合着とさせ、長距離魔騎装銃ロングレンジバレルを組み立てた。


『こっちも数は足りねえが魔騎装銃は二丁ある。援護ぐらいはできるはずだ、やるぞウェックス!』

『は、はい、こっちだってこんな所で死にたくはないですからね! ダイスさんを信じますよ!』

『近づく魔獣があれば俺が相手をするっ。集中を切らさずやってくれッ』


 第四小隊も覚悟を決め、ダイスの射撃に懸ける決意を固めた。ダイスは息を整え、意識を集中し長距離照準術式ロングレンジスナイパを発動させた。頭部外装ヘッドガード顔面外装フェイスガードの継ぎ目がせり上がり魔力が充血と集まり輝く一つ目マギイリュアイが露となった。






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