最奥に撃て


 長距離照準術式ロングレンジスナイパが発動されたダイスの視界は超加速する甲弾が撃ち出されるように巨木の群れを駆け抜け暗く沈む最奥へと進んでゆく。魔力濃度の高さからくる影響のせいか時としては数秒とも掛からないのにこの特殊な視界状態が身体に不調をうったえてくる。魔力補給食マギアサプリでカバーすべきか、いや、これは魔力濃度の高さによる酒浴びの酔いに近い状態だ。逆にこれ以上の魔力過多を起こすのは得策では無いとダイスは判断する。今は、術式から襲撃者をとらえる事に集中とするべきなのだと。


 長距離照準術式発動から一分を過ぎた、超加速の甲弾の如き視界の中ではかなり深部まで進んだ事になる。その間、樹木以外に魔獣はおろか、他の生物の存在も確認できぬ事がダイスは不気味で恐ろしく感じる。


 やがて、ダイスの境面モニタに姿無き襲撃者とおもしき存在をとらえる。それは、生物一匹と確認できなかった樹木世界の中ではより異質に存在を主張していた。


『ッ──っ!?』


 ダイスは思わずと息を呑み、そのこの世のものとは思えぬオゾマシイ姿に操術杖ケインを握る手が震える。


 コレを生物として認識してよいのかと重い脳髄が否定を繰り返す。


 ソレは枯れ朽ちた巨木のような姿である──いや、地にしっかりと根を張り枯れ枝が深く伸びきったコレは巨木そのモノである──だが、地を張る根は心の臓が脈打つように蠢き、まるで地の底から何かを吸い上げているようであり、巨木胴体のヒビ割れの隙間からは魔結晶鉱石の淡い輝きが漏れている。枯れ枝には枯葉ひとつと茂りは無く、変わりに熟し腐った種のような物体がぶら下がっている──そして、巨木の中心部には眼玉のように巨大な魔結晶鉱石が張り付いているのだ。


(こんな──ッッ?!)


 ダイスが存在を認める思考を拒否する中で、巨木は枯枝から熟し腐った種を落とし中心部の魔結晶鉱石マギカラドが不気味に輝きを強めた。


 ダイスは直感から瞬時に指に力を込めて引鉄トリガーを弾いた。


 瞬間──種が超加速弾と化し境面中央へと迫りくるのが見えた。それと同時に耳の奥で何かがぶつかり破裂する音を聞いた。直感から撃ち込んだ魔力込めの無い甲弾があの種を迎撃したのだと理解した。


『どうしたッ、何かが見えたのかッ』


 自騎の大盾を台座とさせたエイモンが突然の発砲と交信術式コンタクションから聞こえるダイスの乱れおさまらぬ息遣いに異変を感じとった。ダイスは乱れを何とか抑えた声で眼に捕らえた現状を伝える。


『襲撃者を、見つけた。あれは蝙蝠魔獣なんかじゃない、巨木なんだよ』

『巨木、なんだと? 言っている意味がまるで──』

『──巨木としか言いようがないんだよッ。しかもあれは生物なんだ。生きているんだ間違いなく、自分の直感は魔獣だと言っている。魔獣でなければ説明なんて着くはずもないッ』


 ダイスの声は震えながらも身体は次弾の装填へと動いていた。


『木が魔獣、生き物だなんてッ』

『植物も空気中の魔力を吸収し、呼吸をしていると聞くっ。魔獣の森最奥禁足地の魔力濃度の高さ、植物が魔獣となってもおかしくはないだろうッ。押し問答なんてしてる場合じゃないんだ。次で撃ち込ませてもらうしとめるぞッ』


 もはや、誰の声を聞いたかもダイスは分かってはいない。ただ、次弾に戦熱炸裂穿牙バーストニードルを込めて仕留めるつもりである。その場にいる全員が彼の緊迫とした圧力のある声にあの木根が撃ち込まれてきている可能性を理解とし、ダイスの射撃に懸ける事とした。


『エイモン、射撃位置はこのまま固定させてもらうぞっ』

『了解だ、しっかりと固定してやるから思いっきりやってくれッ』


 ダイスの声にエイモンは了承とし、大盾上部覗き穴に差し込まれた銃砲をより精確に固定するために重力低減を調節せんと集中力を高める。サマージェンらが乗り手が生き残るためにあつらえた各外装と大盾の堅牢な厚みは無理やりと差し込まれた銃砲の反動を殺す固定台座としての役割を充分に果たす物だ。長距離魔騎装銃砲ロングレンジバレルの反動のブレというダイス騎の弱点も補っている。これが偶然といえるのか予めサマージェンが想定としていたのかはダイス達には分からないが、固定台サブアームとして今はこれ以上に適した物はないだろう、精確な射撃をより確実なものともできる。


(──戦熱甲弾充填──魔力注入……角度をそのままに)


 ダイスは操術杖ケインを静かに繰り、息を何度も吐き出しながら巨木の魔獣とする存在の心の臓であると確信する中心部魔結晶へと狙いを定める。穿つらぬき砕くイメージを掴み脳髄に浸透とさせた。あの洞窟戦闘よりも強く強く撃ち込むイメージだ。増強された真新しい魔獣鋼化筋肉ブルートゥマルスはまだ長距離射撃に慣れてはいないが、仕留められる自信と確信がダイスにはある。


『ッ──いまっ!?』


 中心を捕らえたとダイスは戦熱炸裂穿牙バーストニードルを発射した。


 銃火閃く──捕らえた獲物を炸裂に穿つ牙が超加速し、巨木魔獣へと撃ち込まれた。


 戦熱炸裂穿牙バーストニードルは中心魔結晶を穿ち、内部から炸裂し巨木ヤツを倒す。本来は堅牢な装甲を持つ魔刃騎甲や城塞壁を穿つ目的に試作されたという戦熱炸裂穿牙バーストニードルである。一度放たれれば暴食と相手を食い破る牙となるのだ。


 ダイスは巨木魔獣を倒すイメージのままに境面モニタを見つめ穿結果に大きく眼を見開いた。


 呆然とする間も無く、枯枝の腐種が


『来るぞッ』


 ダイスの短く危機を伝える叫びに全員、射撃の失敗と反撃が来る事を瞬時に理解した。


 瞬間──大盾装甲へと続けざまに三つの衝撃が襲い来る。固定台サブアームとしての重力低減術式グラビトロの重力調整を重く沈み込ませていた大盾〈ハイザートン〉は連続と撃ち込まれた衝撃に耐える事は出来たが弾け中空を飛んだ三つの腐種が木根を伸ばし大盾を超えて飛び込んで来るのを最後方に陣取り他の魔獣を警戒していたアルフが捉えた。


『上空に向けて風を撃てッ!』


 アルフの声に反応したゼトとウェックスの〈ガルナモ〉が上空に向けて旋風甲弾ウィンブリッドを発射した。魔騎装銃から放たれた緑風の叫びが二つの木根を撃ち抜き、撃ち漏らした残りをアルフの鋼刃剣ソードが走り、処理をした。


(ヤツは同時に何発も撃てるッ!? 落ち着け、こちらだって戦熱炸裂穿牙バーストニードルを連続と撃てる筋力は充分とあるんだ)


 礼を言う間も無く、ダイスは次弾装填を始める。サマージェン提案の長距離を連発と撃てる筋力調整がことを成し、まだ巨木を仕留めるチャンスは繋ぎ止めている。だが、一射目に起こった中心魔結晶の直前に甲弾を消し飛ばした謎の現象の謎が分かってもいない。恐らくもう一度撃ち込もうとも結果は同じだろう。ダイスは長距離照準術式ロングレンジスナイパを長く使用しすぎる負荷と戦いながら最善を出そうとする。戦熱炸裂穿牙バーストニードルも現在の体調状態コンディションから撃てるのは次の一発が最後であろう。


(リリィ隊長、自分に力をください)


 勇壮なる隊長リリィの姿を想像とし、ダイスは勇気を持らう気でロングレンジに集中した。相変わらず不気味な巨木の姿は威圧を覚えるが、臆する事なぞしない。ヤツが生物ならば全てを超越した完全な化け物では無いはずだ。どこかに、弱点はある。

 ダイスは地に張り巡らされた血を吸うように脈打つ根に注目した。


(コイツ、下から何かを吸い上げているのか?)


 下といえば、いまだ大穴から帰還してこぬリリィ達である。仮に下から何かを吸い上げているならば、リリィ隊長がその本元を見過ごすはずは無いだろうとダイスは考えた。


(──ッ?!)


 その時、巨木のヒビ割れた隙間から漏れ出る魔結晶鉱石の淡い輝きが徐々に焔色へと変化して行っているのが見えた。


(あの色は、リリィ隊長の戦熱の色だッ。やはり、隊長達も自分らと同じく戦っている)


 ダイスは確信を持ってヒビ割れに染み込んでゆく焔色が中心魔結晶鉱石へと到達するのを待つ。


『勝機は隊長達が運んでくれるぞ』


 己でも驚く程に落ち着いた声でダイスは呟いていた。


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