勝機の焔 前


 大穴の底でリリィは根絡む巨大装甲グラーゲと対峙する。地表壁に張り巡らされた蚯蚓ミミズの如き動く根は、はるか頭上まで続いており地上にいるだろう本体へと繋がっていると容易に想像できるというものだ。巨大装甲グラーゲに絡む根は不気味に脈打つ動きをみせ、魔力を吸い上げ続けているとみえる。


(出涸らしの甲殻類クラブをいつまでもしゃぶり続ける意地汚さか、それとも)


 もはや本体魔刃騎甲〈グラーゲ〉が影も形も無くなっている中でいつまでも貪り続ける様におぞましさを覚える。それは人の身である感情からくる嫌悪感だろうか。魔獣の身であれば、本能に生きる野性の正しき姿であるかもしれない。


 リリィは人である──このおぞましさの覚えは、戦いに投じる人という生物の野性の姿であろう。ならば──己の野性に準じ、生き残るために根絡みヤツを屠ると、蒼い眼に覚悟の火が灯る。


 張り巡らされた根はもっと大穴全体に展開しているようで、吸い上げの魔力を根絡む巨大装甲に収束させて特殊型喞筒ポンプのように一気に地上にあるだろう本体へと送っている可能性が高いとリリィは考える。


 地上側に何らかの危機が迫るという直感が直ぐ様に地上に戻るという選択を選びたくはなるが身動きの取れぬフィジカ達を置いて行くという選択肢をリリィが取る筈もない。地を削りこちらへと迫りくる根も易々と見逃してくれそうもなく、巨大装甲に装備された水圧流弾スプラブリッドを撃ち込む細長な銃口も〈ハイザートン〉に向けられている。


 リリィ自身も逃げるつもりは──無い。


 リリィは短く刻まれた時の中で根絡みの巨大装甲を打倒せんと行動を開始する。

 前方へと進み重力低減術式グラビトロを両脚に集中とさせた跳躍で、わざとらしく派手な動作を見せた。


 ヤツが最も欲しているのは純度の高い魔力の塊、骸にされた魔刃騎甲ジン・ドールのような兵隊を作るためには活きの良い獲物か捕まえやすい手負いの獲物が必要なのだろうと考える。派手に立ち回り、魔法術式をふんだんと使ってみせれば、こちら側へ舌なめに喰らいつくとリリィは賭けに出たのだ。


 蚯蚓の如き根と細長な銃口はリリィの〈ハイザートン〉へと向けられる。先ずはこちらを捕らえに動いてきたようだ。リリィの読みは当たったと言える。


『よしココだッ、ワタシを狙ってこいッ』


 リリィは外音化術式スピーカを発動させ、より強く己に注意を向けさせる行動を取る。大気を振動させる真っ直ぐとした声が大穴全体に響くと地表壁から伸びてきた巨大な根の尖端が矢となり槍となり中空に無防備を晒す〈ハイザートン〉へと襲い来る。


 リリィは操術杖ケインを小刻みに繰り踏板ペダルを蹴り上げるように振ると〈ハイザートン〉が上下反転する。即座に操術杖ケインを振り回すように横に振ると錐揉きりもみに回転しながら根の突撃を寸前で回避かわしきる。境面モニタに映る反転と回る映像の中で巨大装甲の細長な銃口から水圧流弾スプラブリッドとは違う泥水のような砲撃が放たれる瞬間をとらえた。リリィは足元に横切る根を両脚で蹴りあげ、瞬時に身体を転がり起こすような動作で操術杖ケイン踏板ペダルを繰ると騎体を地面に体勢低く着地させた。低い体勢のまま手にした鋼刃剣ソードを逆手に持ち替えて下側を見上げると〈グラーゲ〉の巨大装甲に魔刃騎甲が収まっていただろう合着部に密集とした巨大な根の集合体を視界に捉え、一気に鋼刃剣ソードを持った左腕部を振りかぶった。


(そこだなッ)


〈ハイザートン〉の双眼が再び大きく縦に広がり赤く燃え上がると同時に刃全体に煌々とした焔が噴き上がる。魔獣鋼化筋肉ブルートゥマルスが熱を上げて膨れ、関節の魔結晶が激しく軋む音が耳の奥に響いてきた。猶予は無い、この一撃で方を付ける。


『燃え尽きろッッッ!!』


〈ハイザートン〉が全力で振り抜いた鋼刃剣ソードが走る。

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