一章──武装実験部隊フレイム
フレイム騎甲館にて──帰投
エイハート公国 属国地 小国領アギマス──フレイム騎甲館
巨大な鉄扉が鈍い音を立てて開くと全高四メートルな水色の
三騎の入り込んだ騎甲館の中は鉄壁に覆われただだっ広い倉庫のように見え、天井部には丸い水晶のような球体が幾つか浮かんでおり、強く光を放ち建物内を照らしている。下では数人の男達が鉄板敷いた床を走りまわり、指定した区画に三騎の誘導を開始する。三騎はそれに従い歩き出すと他の鉄板とは違う色合いの床である指定区画で水色〈ハイザートン〉と長大銃持ちの魔刃騎甲は両脚を膝立ちとし、頭部が項垂れるように落ち、両腕が力を抜いたようにダラリと下がる。大盾持ちは壁近くに設置された巨大な椅子のような格納部に腰を落とす形で固定され、先端にフックのかかった長い鎖が天井から降ろされ大盾へと固定する作業に入る。
『
長大銃持ち魔刃騎甲の
二騎の背部外装が排熱蒸気をあげてせり上がり、排出されるように
「
整備主任が今一度念を押すように作業員達に伝えると同時に目の前の二人の空間が一瞬、蜃気楼のように揺らぐと次の瞬間には二人の身体が魔操術器ごと膨らんでいた。全高四メートルの魔刃騎甲の内部にこの魔操術器は到底収まりそうには見えないほどに大きくなったのだ。
「お疲れ様でしたっ、後はお任せください」
「ようし、
「いや、あまり無茶な降り方はしないでいただきたいのですがなぁ」
「問題は無い、ワタシは無事に降りられたぞ?」
主任が口髭蓄えた顔を苦笑させながらとりあえずな注意をすると少女は主任の想像通りのあいも変わらずな言葉で小首だけを傾げ涼しい顔で横を素通りして行った。
(まったく、
その遠ざかる後ろ姿に主任は溜め息をひとつ漏らして頬を掻こうとしたが、油染みた作業手袋をつけていることに気づき、その手を止めて薄汚れた作業用前掛けに擦り付けた。
「マリオの
「ああッ! たく、
マリオと呼ばれた口髭の整備主任は作業員に呼ばれ、優先的に双眼〈ハイザートン〉の整備へと取り掛かる事にした。
後ろのマリオ主任らのやかましい声は気にもとめず少女は両手脚を規則的に動かす姿勢正しな歩みで真っ直ぐと進みながら、光彩の潤み強い青い瞳を横に向けてフックがけに大盾が外され、座り姿勢に固定された魔刃騎甲の背部外装から射出されたばかりな褐色肌な黒髪男の姿を少しだけ眺めてまた前へと眼を向ける。
「あの、隊長!」
と、同時に背後から自分を隊長と呼ぶ声が聞こえてくるのだが、少女はいったん聞こえないふりをして歩く。しかし、何度も「隊長!」という大きな声が呼び止めようとしてくるのである。仕方なしと鉄床をカツカツと叩くように歩みを止めて、くるりとした軸足で回り身体ごと向き直ってみせた。
「ぬぉわっ!」
見飽きた赤茶のマッシュヘアな童顔が虹彩薄い薄茶色の瞳を丸くして身体を後ろに下がらせていた。少女が急に止まったので不意打ちに驚いたようだ。
「ワタシに何か用かダイス?」
「いえ、隊長にお疲れさまですと一言だけでも伝えようとッ」
背筋を真っ直ぐと伸ばし、生真面目な性格がよく分かるダイスと呼んだ優男な童顔を隊長と呼ばれた少女は表情筋をぴくりとも動かさない真顔でジッと見つめる。
「じ、自分の顔にっ、なにか失礼でも付いていましたか?」
「失礼が付いているとかは意味がわからないし、君の顔が特別失礼なわけでもないよ。ただ、何度も言うがワタシを隊長と呼ぶのはやめて欲しいということなんだ「ダイス・コバーキオ」隊員」
隊長と呼ばれた少女は人差し指を立てて「いいな」と念押しするようにダイスの童顔にしては厚い筋肉質な
「いえ「リリィュ・フレイム」隊長は我ら「武装実験部隊フレイム」の隊長でありますから隊長は隊長なのですッ」
「ふぅ……武装実験部隊フレイムは父上が先代の
「そんな隊長から隊長を奪うなぞッ、いやいや隊長以外に誰が自分達を纏められましょうかッ。適材適所と言うのならば間違いなく適した役職ですよ隊長はっ」
「いやさ、ワタシはね。君たちを纏めているつもりなんてことは全く無いんだよね。まったく、相変わらず融通が効かない生真面目な男だよ君は。せめて隊長では無く「リリィさん」と呼んでくれないか。リリィュの「ュ」は発音させない「リリィさん」だ」
表情にこそは出さないが、肩を竦めてウンザリを表現するリリィュ・フレイムことリリィは妥協案な呼び方を提案するが、ダイスは「し、しかしそれは馴れ馴れしいがすぎるのではッ」と自分の中に掬う心の何かと戦っている様子だ。
「おいおい、いいじゃねえかリリィさんと呼んでやれば、御本人様はそちらをご所望なんだぜ、チキンになってる場合かいダイスよう?」
葛藤するダイスの後ろから突然、彼の肩に馴れ馴れしく手を回す人物がひとり。先程大盾付きの魔刃騎甲から降りてきた黒髪褐色肌のもう一人の隊員である。リリィが顔を向けると端正な顔立ちを軽薄そうに笑わせて黒い瞳で青い瞳の奥をジッと見つめるように顔を近づけてくる。
「なんなら、これから俺が「リリィちゃん」と呼んでもよろしいんでしょうか? 」
「おい待て「エイモン」何を考えているそれだけは許さないぞッ!」
そう焦りの反応を返したのはリリィでは無く肩に手を回されていたダイスである。エイモンこと「エイモン・ストリバーゴ」の腕を肩から振り解き、胸倉を掴みそうな勢いだ。
「いや、隊長以外の呼び方ならそれでも構わないよワタシは?」
「そんな、隊長! こんな軽薄男に籠絡されないでいただきたい!」
「落ち着けダイス、籠絡の意味をちゃんと理解して話してくれないか」
「ハハハ、軽薄男とはヒドイもんだよな。それは嫉妬というものかなぁ? それとも憧れてやつかい」
「エイモン! 隊長の前でおまえは何を言ってるんだあッ!? じ、自分が憧れているのは戦場の燃える骸骨戦騎と呼ばれたシリヨン将軍であってえッ!!?」
「ちょっと待て、燃える骸骨……ワタシの父上は悪魔か何かか? ワタシの知る限りは頭を燃やした姿なぞ見たことも無いぞ。まぁ父上は置いておくとして、お笑い芸は二人でタップリとやっててくれエンターテイナー達。ワタシはもう行くからな」
任務後だというのに元気は有り余っているらしい部下二人にヒラヒラと片手を揺らしてリリィは何処かへと歩いてゆく。
「は、え、あの、どちらにッ! よろしければ自分もお供してっ」
離れてゆくリリィの後ろ姿にダイスは慌てて声を掛けて呼び止めるが、横顔だけを向けるリリィの青い瞳は呆れて細まる。
「ダイス、君は女性のアレコレに着いて回る変態というヤツか?
伸縮する素材が身体にフィットする水色の操術衣の一部を引っ張って見せ説明をするとダイスの顔は羞恥でみるみると真っ赤になり
「失礼をいたしましたあぁっ!!?」
と、直角に猛省と頭を深く下げる。
「やれやれだな、変態と言ったのはちょっとした
パチンと引っ張った操術衣を離して唇を少しだけ笑わせるとリリィは片手を揺らして去って行くのだった。
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