フレイム騎甲館にて──サマージェン


「ええと、こいつの温度調整は、これだったか?」


 騎甲館内に備えられた女性用簡易浴室を手っ取り早く使用し、汗を流す事にしたリリィは腰の銀ベルトを外し身体に密着する操術衣スーツの拘束を緩め、生まれたままの姿になり浴室に直行する。備え付けの水球器シャワーボールを手元で転がし温度調整に苦戦しつつ真上へと浮かばせて温水雨ホットシャワーを降らせた。少し熱いような気もするが妥協することとして顔を上に向けて顔から足先まで白い肌全体を温水雨で濡らし、想定外な任務の疲れをゆっくりと流した。


(まさか、友国軍の相手をすることになるとはな……)


 目を閉じて数刻前まで村を不法占拠していた賊の事を思い出す。下劣という言葉がお似合いな者達であったが使用していた魔刃騎甲ジン・ドール〈ギーヴォル〉と〈グラーゲ〉はアギマスと同じエイハート公国の属国領である雷と海原の小国領「ジオッカ」製の騎甲ドールだ。使用していた〈ザートン〉はアギマスの民兵訓練用の物を奪いジオッカの国色である黄色に肩を雑に塗って使用したもののようだが、あの禄に整備もされていなかった両騎甲とも操術動作の手慣れを見るに奴らが逃亡に使っていたものに間違いは無いだろうと推測できる。


(アギマス魔刃騎団に引き渡してしまったので確証はまだないが。恐らくジオッカの脱走兵だろうな)


 野蛮な賊そのものであったが、身に付けていた黄の軍服や操術衣もジオッカ製のものであり、降伏したひとりは勝手にベラベラと脱走兵である事を話していた。焦りようから恐らく嘘はないだろう。どんな理由があってジオッカ軍を脱走したのかは分からないが、友国軍とはいえアギマス領内に不法入国し、罪の無いアギマスの村民におこなっていた略奪と蛮行は許されるものでは無い。ジオッカにはアギマスから然るべき説明を求め、脱走兵共は公国から判決を言い渡されるのを震えて待つ事だろう。


(とにかく、あの村の人達が助かってよかったよ)


 本来は実験部隊の役目ではないが、たまたま近くにいた部隊がリリィ達の隊しかいなかったため現場判断で動くしかなかった。この判断は間違ってはいないだろうとリリィは確信が持てる。もしも村民を見殺しにする事になっていれば拭えぬ後悔の念に今頃押し潰されていた事だろう。ダイスやエイモンも考えは同じだったはずだとリリィは信じたい。


「熱い雨に当たってるせいかな。どうも感傷的になってる気がするな。早く上がって、あいつらと食事にしよう」


 リリィは両手で顔を拭って髪をほぐすように揉み洗い、簡易的な入浴を早々に終わらせて浴室を出た。






 ***




 アギマスの国色である赤の隊服に着替えたリリィは約束通りダイスとエイモンとの食事を取るために食堂に向かうと、入口の前でげんなりと項垂れる隊服姿のダイスと羽織った白法衣ローブを頭からかぶった女の後ろ姿を発見した。


「何をやってるんだダイス?」

「あぁ、たぁいちょうぅ~」


 ダイスは助かったという安堵の表情を隠さずにヘタレた顔で心の底から息を吐いた。リリィは何事かと首を傾げつつ白法衣の女にも声を掛けようとする。


「やあっと来ましたねぇ。このスットコドッコイショがあッ」


 が、それよりも早く白法衣を無駄に大きく翻し、妙に甲高い声を響かせて女はリリィに振り向いた。どこかご立腹なのか赤く充血した眼はどこか恨めしそうである。


「ん、どうした「サマージェン」このワタシになにか用だったろうか?」


 何をそんなにご立腹としているのかはリリィには皆目検討もつかず首を傾げるが、サマージェンと呼ばれた女は特徴的な鋭い牙の如き歯が生えた綺麗な白い歯を剥き出しにして赤と黒の洒落た短いスカートから素肌晒す健康美な真白い両脚を地団駄と踏み鳴らす、子どもが駄々をこねるような荒れようでご立腹を分かりやすく伝えようとする。


 が、当の本人リリィは手の甲を顎に当てて考えてみるが、サマージェンの怒る理由が思い当たらない。


「すまない、口で言って貰えると正直とても助かるのだが」


 真正直に頭を下げて理由をたずねるリリィにサマージェンのカラフルな赤に染められた爪加工美術ネイルアートの指が弦楽器を奏でるように高速と揺れ動き、指揮棒をしならす指揮者ばりに指を突き立てて要望通り、口頭でお怒りの理由を甲高な声で説明吐き出した。


「あ、あたしが徹夜頑張りで組んだ可愛い重力低減術式グラビトロちゃんで何をしたアッ!?」

「ん、重力低減術式か? うん、今回のもとてもよく仕上がっていたぞ。あそこまでの高度に耐えられたのはサマージェン、間違いなく君のおかげだよ。次も是非よろしく頼みたい」


 真正面から感謝の言葉を告げられサマージェンは口を魚のようにパクパクと動かし、唖然と邪気の無いリリィの綺麗な青い瞳を充血な赤眼で眺め、目を閉じてから震えるように言葉を続ける。


「こ、の意味を詳しく言いなさいな……」

「いや、そのままの意味なんだが? 村の占拠状況を踏まえて迅速に村民を救出する行動を取る必要があると思考し、奴らに視認されない距離から超高度に跳び上がり賊を斬り伏せたんだよ。もちろん落下衝撃が村民を襲う事も考えたが、重力低減術式グラビトロを上手く利用して衝撃力を全て上空へと拡散する方法で何とかできた。自然の理を歪めてしまう負荷はモロに掛かってしまうが背に腹はかえられない。成功させる自信もあったからな」


 リリィは淡々と詳しく状況説明をするが、目の前のサマージェンの顔は青くなってゆくばかりだ。リリィは特にはそれに気づかず説明を更に続ける。


「もっと詳しい事は魔操術器コックピットに記録されているはずだが、そこからワタシは重力低減術式を使い──」

「──アアアァァアァッッッ!!? 聞きたくない聞きたくないもう聞きたくないよおぉわあぁっッ!??!」


 頭の白法衣の隙間から流れるストレートロングヘアをグイグイと引っ張り、サマージェンの脳髄は破壊クラッシュされるのであった。


「か、カーター先生! 落ち着いてくださいっ!?」


 後方で傍観していたダイスも壊れたサマージェンを落ち着かせようとする。


「おたくの隊長はあたしら法術式士プログラマを何だと思ってんだッ。えぇッ!?」


 が、実験部隊フレイムの専属法術式士「サマージェン・カーター」の八つ当たりな矛先は話しかけてしまったダイスに向かうのであった。











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