フレイム騎甲館にて──賑やかな食堂


 魔刃騎甲ジン・ドールの全身には高度な魔法術式スプリクトが仕込まれており、全高約四メートルの巨躯で人間を超えた騎動を実現させる筋肉や神経、姿勢制御オートリアクション等を魔力補助する役割を担っている。その中で最も重要な二つの魔法術式が心臓と脳髄の役割を担う魔操術士ウィザード──パイロットのことである──を内部格納する「空間圧縮術式ハイスペルス」と魔刃騎甲の巨躯を支え、魔操術器コックピットを守る防護壁の役割を果たす「重力低減術式グラビトロ」である。別名「魔障膜バブル」とも呼ばれる重力低減術式は魔操術士の操術センスによって防御障壁能力、騎動推進剤など様々な用途で使用されるのである。

 この魔法術式を魔刃騎甲に組み込む役職が法術式師プログラマであり、彼等の存在は魔刃騎甲という兵器の形を実現させるには必要不可欠であり数十回の戦闘出撃にも耐えうる強固な魔法術式を構築し、太陽が三十日程度まわる頃に術式点検メンテナンスを施されるのが常識的な法術式士の日々の仕事となる。


「──となる筈なのに、なんで一回だけの出撃で魔障膜バブルがオシャカちゃまに破裂しそうになってんだよほほおンッ!」

「そ、そんなこと言われましてもカーター先生ぇ。あの、一刻を争う状況では仕方なかったのは現場判断として間違いではなく」


 実験部隊フレイム専属の法術式師プログラマサマージェン・カーターは充血した眼を潤ませて実験部隊魔操術士のひとりダイス・コバーキオに八つ当たりをしている最中である。ダイスは甲斐甲斐しくもリリィュ・フレイム隊長の味方でいようと務めている。


「サマージェン、多少の無茶は承知の上で行かなければあの村の民に犠牲が出ていた事は事実なんだ」


 重力低減術式を出撃一回で崩壊させかけている無茶な限界操術をしているリリィ本人が八つ当たりを止めようと彼女の肩に手を掛けつつも、自分の行動に間違いは無いと堂々とした態度は崩さずに落ち着かせようとする。


「村民に犠牲を出すこと無く制圧できたのは君の組み込んだ優秀な重力低減術式グラビトロのおかげだ。感謝しかない」

「それは、まあ、状況を聞きゃ、わかっちゃえるけどさあ。あたしの術式への信頼もそれはそれで嬉しくはあるし」


 何だかんだとリリィの事が友達として大好きなのであるサマージェンは真っ直ぐと感謝の眼を向けられると素直に嬉しくなってしまい口元が緩む。


「でもぉ、少しは加減はしてちょうだいよなぁ、こっちだって整備のおっちゃんと相談してきっちりみんなの安全を願って組み込んでんだからァ、みんなの事心配してんだからねぇ、わかってるう?」

「ああ、そうだな。ワタシも言葉足らずで君達の苦労を考えなかったよ謝罪する。日々の感謝もあらためて伝えさせてもらう」

「いやいやいやぁ、謝罪とかもういいようわかってくれたらさぁ。感謝はいくら戴いてもいいけどねェエヘヘヘ~」


 頭に瞬間湯沸かしと血が登った癇癪もいつの間にやらご機嫌でリリィに必要以上に擦り寄って頬っぺふくふくとした緩みは口から全体に広がり破顔に笑う。それを眺めてダイスは何とか助かったと深く息を吐く。酷く疲れた様子にリリィが来るまでの合間、大変な苦労がよく分かるというものだ。


「おや、食堂の前で雁首揃えて何やっちゃってんだい?」


 そんな時である。後ろから歩いてくる褐色肌の男が姿を現したのは。彼の名は実験部隊フレイムのもうひとりの魔操術士エイモン・ストリバーゴである。


「……はあぁん? んだよぅ、エイモンもいるんかぁ」


 その姿を認めるや露骨に態度を悪くする甲高い声はサマージェンだ。


「なんだよサージェ。相変わらず俺には冷てえんだからまったく」

「うるせえんだよ、その愛称ニックネームを二度と口にするんじゃねえッつってんだろうがようッ」


 エイモンは慣れた様子で飄々と話しかけるが、サマージェンは再び癇癪だ。


「こらこら、口が悪いぞサマージェン。まったく、最近の君たちは顔を合わせるとすぐこれだな。お互いもうちょっと仲良くできないものか。ワタシ達よりもずっと付き合いは長いのだろう?」

「まあ、俺はいつでもどこでも仲良くする準備は出来てるんですがね。長さだけは一端いっぱしな腐れ縁てやつもありますしね」

「あたしとテメェとの縁は腐りきって引き千切れてんだよなアッ。オマエがあたしにしたことは絶対に許さねえんだからなァァアァッ!? もう用事すんだから帰るッ! サイナラっ!!」


 特に仲良くするに異論は無いエイモンとキレ散らかしに白い歯をガチガチと鳴らすご立腹なサマージェン。彼女は余程エイモンに腹を立てているのか、顔を睨みつけると大股歩きで後ろも振り返らず去って行った。


「おいエイモン、一体おまえはカーター先生になにをしたんだ?」

「それはワタシも知りたいところではあるな。時と場合によってはワタシも君の味方をできないかもしれない。女の敵で無いことを願おう」

「いやだねぇ~この俺が女の子の敵になるわきゃないじゃないですか。あれは誤解ではあるんですがねぇ。アイツは一度癇癪を起こすと宥めるのは難しいからなぁ。おっと、とりあえずはアイツと俺のプライベートもあるんでね。まだもうちょっと寝かしておいてください。スキャンダルな事は一切していないとその綺麗な蒼い瞳に誓っちゃったりなんかしちゃってね」


 昔からの知り合いであるというエイモンとサマージェンの間に何があったか少なからずの興味がそそられるリリィとダイスであるが、この軽薄装いにユラリクラリとかわすエイモンの口を割らせるのは至難の業となりそうである。


「まあま、とりあえず我々は食事といきましょうや。俺は結構腹ペコなんでね。たまには食堂名物バキソパヤンでも食ってみるかな?」


 エイモンは食堂扉を開けて先頭に前に進み。リリィとダイスも後に続いた。




 食堂に入ると料理のいい匂いが鼻を擽り、リリィ達の出撃疲れな腹を鳴らす。木製の枠で囲われたカウンターに向かうと料理人達が働く厨房でひとりの恰幅のよい女性が大鍋の中のお玉をグルグルと回している。


「おやなんだい、腹ペコ共がようやくやって来たってのかい? 随分と遅かったじゃないか」


 リリィ達が来るのがわかっていたのか、大きな鷲鼻とドングリのような茶色い眼が特徴的な森の魔女のような風貌の女料理長は振り返る。


「おやおや、サマージェン嬢ちゃまはいないのかい? あんなに元気な声を出してるもんだからアタシャてっきり食事しにくるもんだと思ったんだがねぇ」


 女料理長はいるものだと思っていたサマージェンの姿が無い事に肩を竦めた。


「まぁその、色々ありましてね。帰っちまいました」

「なんだい色男エイモン。あんたまた何かやらかしたんだろ? 男と女、何があったかはオバチャンには検討は着いてるけど──」

「──ちょっとちょっと、アイツと俺はそういうのじゃないって言ってんのにわっかんねえお人だねぇ毎度毎度となぁ」


 ニヤリと口端を大きくあげて下世話な女料理長に片目つぶりに苦笑いなエイモンに変わり、リリィが横入りと女料理長へと顔を向ける。


「すまない、本当は四人で食べたい所だったのだが三人で頼みたい」

「おんやあぁリリィお嬢ちゃん。今日も綺麗ないい顔してんじゃないかい。アタシャ鏡を見ちまってるのかと思ったよう」

「?……鏡がどこにあるのかは分からないが、なにか褒めてくれているのか? とりあえず、ありがとうと言っておく」

「アッハッハッ、どういたしましてだね。ほら、腹いっぱい食っとくれっ。魔操術士ウィザードは身体が資本だからねッ。魔力の蓄えは食事からてのが昔からの常識だよっ」


 女料理長の洒落があまり通じてはいない天然な返しをするリリィに豪快な笑いを返しながらどこからともなく取り出した食器へ大鍋いっぱいの真っ白なシチューをよそい入れた。


「おお、このシチューはワタシの大好物だな。ありがとう料理長、リクエストにこたえてくれたんだな」

「アッハハこの部隊のおかしらなリリィお嬢ちゃんのリクエストだからね。真っ白シチューはオバチャンの得意料理でもある。鍋いっぱい作るのも容易いのさ」


 シチューを前に眼を輝かせるリリィを見て女料理長は満足豪快と笑う。


「あの、すみません料理長。自分の分はもうちょっとニンジンを少なめに……」


 それに対してダイスはゴロゴロとした四角ダイスなニンジンを前にして申し訳なさげに苦笑いだ。


「何言ってんだいすっとこダイスッ。身体が資本な魔操術士が好き嫌いはしないよっ。しっかり食わないでどうすんのさッ。ほら、もっとニンジン大盛りにしてやるから食器よこしなッ」

「ええっ、ちょっとッ」


 だが、そこは女料理長も許しはしない。ダイスがニンジンを苦手というだけで食べられないわけではないのを知っている料理長はガンガンガンガンと皿にニンジンを盛ってゆく。真っ赤に四角に染まる皿にげんなりダイスだが、身体が資本の魔操術士ウィザードに好き嫌いは許されないのだ。


「ダイス、ニンジンが食べられないならワタシの食器に少しよこすといい。ニンジンもワタシの大好物だからな」


 それを見たリリィは自分の皿を寄せてニンジンを少し片付けてあげようと優しく笑う。だが、これはダイスとしては嬉しい半面。


「いやいやぁ、それはそれでダイスも気が引けちゃうもんじゃあないっすかねぇ。なあ?」


 隣のエイモンがからかい調子にズバリという。こうなっては隊長の前で無様は晒せないとニンジンを睨みつけダイスは覚悟を決めた様子である。


「はは。おっと、そうだおばちゃん。バキソパヤン作れるかい? 作れたら一個だけでも頼むよ」

「あいよ、一個でも二個でも作ってやるよ。持って行ってやんな色男」

「ぇ、いやいや、俺ひとりで食うんですよ。ほら、魔操術士ウィザードは身体が資本だからね。山盛りいっぱいモリモリ食べねえとガス欠になっちまうからね」


 軽くダイスをからかうとエイモンはいま思い出したという風に女料理長へバキソパヤンという食べ物を注文すると、女料理長は下世話に笑い、よしきたと腕をまくるのでエイモンはまた勘繰ってやがるなと緩やかに訂正する。


「そうなのかエイモン、ワタシはてっきり。よし、では料理長。ワタシにも作れるだけのバキソパヤンを用意して貰えないだろうか?」

「ほう、リリィお嬢ちゃんがオバチャンに無理を言うという事はそういうことかい?」

「うむ、そういう事だ」


 女料理長が意味ありげにサムズアップと親指を上げるとリリィも頷いて親指を上げる。エイモンはそれを見てフゥと鼻で息を吐き女料理長を半目で見やり口端を片方上げる。


「あ〜、おばちゃん。俺の分のはやっぱキャンセル。いや、リリィの注文分に入れてやってくれよ。おらダイス、この俺がニンジン嫌いの克服を手伝ってやろうじゃないの。一口も食べられないわけじゃないんだ、どうせなら隊長殿と同じモンを好きになりたいんじゃない? オマエさんもさぁ」

「な、なにを言ってるッ。自分はニンジンを食べられないとは、い、イ、言っていないんだッッ……ニンジンは、ニンジンである。ニンジンなんだからなっ。でゃあああっ!!?」


 エイモンに軽く煽られ、強がりによく分からない事を呟き叫ぶダイスの雄叫びが食堂に響き、実験部隊フレイムの魔操術士ウィザード達は食事を始めるのだった。


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