クレイド──鉄馬車の中で


「エザカシアは良い街だねエイミア、今度は忍んで訪問してみようか?」


 ガルシャ城が離れゆくのを鉄馬車の中で眺めながらクレイドは城下街の様子は一瞥ともせず対面に座る「エイミア」と呼ぶ褐色肌の女に笑み浮かべた声を掛けた。エイミアは丸眼鏡マイクル越しに城下の様子を眺め、その黒いまなこはつまらなげに細まる。


御領主おやかたさまの身になにかあっては困りますのでお控えできればと」


 エイミアの眼は対面と座るクレイドに戻ると頭を下げ「ご遠慮を」と訴える。クレイドはその様子を見て窓枠に頬杖をついて楽しげに笑う。


「分かっているよ、自分の立場というものは。しかし、私の身になにかあれば困るというのは君が、という意味にとらえても構わないのかな?」

「私のようなモノにお戯れな冗談は必要ではありません。国を預かる大事なお身体という意味です」

「ハハハ、これは手痛くフラれてしまったね。本気だったよ、私は?」


 クレイドのなおもからかいとする返答にエイミアは一房結んだ長い黒髪を刺し指で梳き、耳がかった眼鏡の弦を小指で直した。その動作を確認とし、目元を笑わせたクレイドは着いた頬杖を解き、声色に威厳を乗せて確認をとる。


ガルシャの監視シャドの娘は撒けたということか?」

「はい、ガルシャの城もエザカシアの街も離れつつあります」

「そうか、相変わらずに用心深い老人だなあの方も」


 前髪を指で直しつつクレイドは口端くちはを軽く上げ、密とした鉄馬車の中で本題に移る事とした。


「それで、蝙蝠の行方は分かっているのかい?」

「いえ、頭破裂に飛び立ってからの行方は分かっておりません」

「頭無しに生きているのか? それは立派な化け物だね。宣言どおりにアギマスの魔刃騎甲ジン・ドールを造るいい理由となる」


 クレイドの笑みをエイミアは冷とした美の整った表情をひとつと変えず深い黒の瞳で見つめ、紫の紅を引いた艶ある唇を開く。


「造る魔刃騎甲ジン・ドールはどこに?」


 その言葉の意味合いを何と指すかをクレイドも理解できぬ事では無いが、解釈は己に都合よくと答える。


「そうだね、魔刃騎団に二騎。将軍の仕立てた武装実験部隊にそれぞれ一騎ずつ、計四騎の試作をまわす予定ではあるかな」

将軍殿シリヨンの実験部隊に?」

「ああ、実験とした魔法術式スクリプトと武装の結果も出ているそうじゃないか。試作騎をより上手く動かせるのは慣れた者がいい。ふ、何か心配事でもあるのかな?」

「……いえ、適任だとは思われます」


 エイミアの冷たい鉄面とした表情に、丸眼鏡マイクルの奥にある麗しい黒の瞳を深く深く、クレイドは見つめて深く笑みを零す。

 それは大人というよりも無邪気な少年期を脱しきれていない笑いにエイミアには見えた。


 耐えきれずと、エイミアは口に言葉を漏らした。


「配備予定の武装実験部隊は?」

「ああ、それは決めているよ。少々な暴れん坊になる予定だからね、手綱を握れる者は限られるものさ」


 クレイドは青い瞳を瞑り、試作騎を渡すべき存在にどこか柔らかな笑みを零していた。






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