第38話 おれは話す(後編)

 それに比べ、自分はなんだ。想ってくれる人がいながら、思い悩んで―――


「ある程度は仕方ないよ」


 桜花の態度を、小夜子は否定しない。彼女にも葛藤が無いわけではない。


「だって、私は最悪、帰ることができる。あなたはきっと不可能に近い。その差は大きいよ」


 死亡扱いにはなっているが、小夜子は戻る気さえあれば、いつでも以前の生活に戻れる。他のガングニール職員だって、永久に今の任務に就くわけではない。


「あなたたちだけが辛いの。ごめんなさい」


 小夜子は桜花の手を取った。何度も何度も擦り、繰り返す―――


「あなたたちだけに押しつけて…」


「小夜子ねえ…」


 自分だって恵まれた環境じゃないのに、より低い環境に置かれた者を探し出し、抱きしめる。だから小夜子は魔法少女からの人気が高いのだろう。そしてそれを見出したのは―――


「私をここに連れてきたのは、桜花ちゃんだよ?桜花ちゃんは、ここで皆の役に立って、立派に戦っていくの」


 小夜子は、桜花の目を真っ直ぐに見た。


「私はいつでも魔法少女の側を離れない。桜花ちゃんは、いつでも私を頼って良いの」


 血は繋がってなくとも、家族代わりにはなれる。あの日約束したではないか。故郷はまた今度、こっそり行こう。小夜子は、


「大丈夫」


そう言って、桜花の頭を撫で続けた。


「コンコン」


 あのぉ…と遠慮気味に、扉越しに声が漏れ聞こえてきた。小夜子は桜花の手をガシッと握って、言った。


「大丈夫だからね!」


 そして、新しく訪れた魔法少女を招き入れる。桜花はスクっと立ち上がって、部屋を出た。すれ違った訪問者は、やはり浮かない表情をしている。


「おまえも、元気にしてもらえよ?」


 扉を閉めつつ、誰に言うともなく、桜花は呟いた。




「おっ、暇人発見!」


「教官?」


 食堂で水を飲んでいた桜花に、小羽が話しかけてきた。さっきも話して、まだいたのか。この時間は本部地下の職場にいるはずなのに。


「いやあ、えぇトコおったわあ。探しとったんよ」


「おれを?」


 なんでさ?と聞く桜花に、小羽がにっこりと伝える。


「あてらの後輩が来るんやて。あんさんには初の後輩やなあ?」


「へえ。大和人なの?」


「そそ。面倒見るのは誰がええ?って言われたから、アンタを推薦したわ」


「ちょっと!?おれもまだまだだぞ!」


 いきなりの指名に焦る桜花だが、小羽はカラカラ笑う。


「まだ半年のくせしてベテランみたいな奴が、何言うとんねん!」


 大丈夫大丈夫!と言う小羽の様子に、桜花は不安になった。


「まさか、魔法箒までおれにやらせようってんじゃないだろな…?」


「そりゃーあての仕事やん?あくまで、相談相手になったれちゅー程度や」


 真面目やなあ!と桜花の背中をバシバシ叩く小羽。いや、あんたなら投げてきてもおかしくねぇからな!?


「まあ、そういうことで、2日後には来るらしいで。ちゃんと面倒見たってやー」


 それだけ言うと、小羽は去って行った。ともかく、桜花は先輩になるのだ。


「はえーな…」


 華雄に出征して、手足を失って、眷属になって…戦って半年を過ごしてきたが、今の自分に教えられることがどれだけあるのか?


「知っとることを知っとるだけ。それで良いと思うが?」


「爺さんは何も知らなかったじゃねぇか!?」


 普段の竜天のアドバイスほど、当てにならないモノも無い…桜花は頭を抱えた。


「で、私に?」


「そう!あんたなら!」


 結局、頼ったのはクレアだった。明らかに先輩風なクレアになら、先輩の流儀を学べるはず!


「先輩の流儀は知らないけど、そうね―――」


 心がけていることがある、とクレア。


「自分がしてもらって、嬉しかったことだけをする。それは大事かしら」


「なるほど」


 確かにそうだ。兵時代、上官なんて戦場にいたら後ろから撃ってやりたいと思うくらい、恨んでいた。下士官としては仕方ないと思う面もあるが、あの仕打ちは未だに許せない。


「そうだよな。自分がされて嫌なことを人にやる馬鹿はいねーか」


「そうよ」


 最近は小夜子のセラピーで余裕を持ちつつあるクレア。他人を労る余裕も出てきていた。

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