第21話 おれは和解する(後編)
エイレーネーの主神も名乗った。
「我が名はケルトハル。太陽神ルーとも呼ばれておるよ」
「名前が2つあるの?」
小夜子の疑問に、エイレーネーが答えた。
「こいつ、モノ好きでさ。八百万の神としてはルーってんだけど、人として活動してた時のケルトハルって名前の方が好きなんだと」
「いかにも」
小夜子も桜花も知らぬことだが、ケルトハルも太陽神ルーもケルト神話に出てくる名前である。というか、太陽神ルーがケルトハルと名乗った人間時代に編んだ歴史がケルト神話なのだ。
「へえ…」
「こいつの武器が燃える槍だからあたしの武器も燃える槍。今は部屋で寝かしてるよ」
「神話の武器…そりゃそうよね、ガングニールって組織名自体…」
「そういうこと」
エイレーネーは昨日までのダウナーぶりが嘘のように、溌溂としていた。本来は明るい娘なのだろう。
「お前、いつも大浴場に来るの?」
「いやあ?今日は特別。誰も傷つけずに済んだそうだし、迷惑かけた奴には謝っとかないと、後ろから撃たれるじゃん?そしたらお前らがいてよかったよ。済まんかったな」
頭をガバっと下げられて謝られたら、さすがの桜花も嫌な気はしない。
「良いって!そんな謝んなくても!お前のアレも、PTSDだろ?大変だな。今のお前は良い奴なのに、そんなキツいんだな…」
「あたしはな…魔法箒の特性もあるんだ」
曰く、エイレーネーの魔法箒は血を求める。普段も屠った歪みの血肉に漬けてあるのだという。そして、その性質は彼女の精神にも影響を及ぼす。
「今は良いんだけどな。その内、すっげえ狂暴になって…自分でもダメだって、抑えなきゃって思うのに、暴れ出しちまう」
魔法少女としての業だ。しかし、そんな彼女はガングニールに属する魔法少女の中でも、上位の戦力として位置付けられている。
「まともな時はまとも…だと思うから。訓練でもなんでも請け負うぜ?」
「そりゃ良いね」
ヤバそうな隣人が、思った以上にまともな人間だと知れて良かったと思う、桜花であった。
敏感な身体をまさぐられて、ようやく風呂を上がった桜花と小夜子は食堂にやって来た。クレアが先着していた。
「おっ、先輩―――」
声をかけた桜花の表情が固まった。今のクレアは明らかにヤバいと、本能が訴えかけてくる。
「貴女たち…今は帰りなさい…」
クレアも苦しそうにしている。彼女は理解している。力の弱い桜花たちが今の自分には近づくべきではないと。
「ねえ、官舎の方に行こう」
「え、ええ…?」
良く分かっていない小夜子を促し、桜花は食堂を出て行った。
「プルプル…」
どうにか、ナイフとフォークを動かし、食事を口に運んでいるクレア。しかし、その手は震え、額には汗がにじむ。
「人に迷惑をかけてまで、食べる必要はあるのかしら…?」
「しかし、食べぬと人は保たん。まだマシな時に食べておけ…」
クレアの主神はセシリア。人に慈愛を示す音楽の神であり、ガングニールの活動に積極的で、クレアのことも人一倍、気を使って保護していた。
「済まぬな、
「言いっこ…なしよ…あの時の私には、力が必要だったの…すべてを変える力が…貴女がくれた力が…」
「そうだったな。早く食え。食って、自室に戻ろう」
「ええ…」
上手く喉を通って行かない食べ物を無理やり詰み込み。クレアは足早に食堂を去った。
「辛そうだったな…」
「クレアちゃん?」
桜花と小夜子は官舎の食堂で食事を摂っていた。先客のクレアが不調だと伝えると、すんなり料理を提供してくれた。
「おれは、覚悟して軍に入ったけど、あの子たちは突然だもんな…」
年頃の女の子が突然、歪みのような怪物と戦わされた結果がクレアやエイレーネーの変調だと思うと、桜花は忸怩たる思いを抱えざるを得ない。
「今まで、何を安穏と…」
「今から、でしょ?」
小夜子は信じている。桜花はきっと、魔法少女みんなの支えになる。そして、自分も―――そう、心に強く秘めるのだった。
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