第20話 おれは和解する(前編)
別室から桜花がよろよろと出てきた。
「おー、お疲れさん」
「知能検査なんて、普通に生きてきた人間ならまずやらないもんね…」
暗記やら暗算やらパズルやら、頭の体操をこれでもかとやらされた桜花。頭がパンクしそうだった。
「じゃあ、あては
「はへぇ…」
「お疲れ様、お風呂に入ってスッキリしよう」
小夜子に連れられ、桜花は去っていった。その背中を見送って小羽は一言。
「上手く行くと、ええんやけどなあ」
ガングニールの魔法少女寄宿舎には大浴場がある。
「こんなに広いのに、もったいないね」
「ここの奴らは、裸一貫でもやる時は殺るからまあ…」
桜花はなるべく隣を見ないようにしている。下も向かない。
「まだ慣れない?」
「あ、当たり前だろお!?」
禁欲的な軍人生活から、年頃の娘としての生活は慣れないことの連続だが、特にこの「お風呂」はいけない。
「男の頃とは全然、感覚が違うよ」
「それは軟水と硬水の違いもあると思うよ?」
「いや、全然違う」
全身が包み込まれるような、お湯に溶けていくような感覚。郷里はそこそこ有名な温泉地で、母や妹たちが「ここのお湯は良い」と言っていた意味が、男だったころは分からなかった。
「でも、今なら温泉とかめちゃくちゃ気持ちいいと思う」
「なるほど」
小夜子は俗説を一つ、思い出した。
「女性の方が肌が明敏っていうもんね。そんな違うかあ」
「体を洗う時も、乳首が―――」
「ん?乳首?」
「な、なんでもないっ!」
桜花は真っ赤になってそっぽを向いた。晋大陸でも体を拭いたりはしていたが、本格的に体を洗ったのは昨日が始めてだった。
「あっ!くうっ!小夜子ねえ!変なとこさわんないで!」
「触ってないわよ…これが女の子の感覚。よく覚えておきなさい」
「人にされてる、と思うから余計に感じるんじゃないかしら?」
クレアも横でツッコミを入れている。彼女も両手を負傷した時、ガングニール職員に体を洗ってもらったことがあったが、確かにくすぐったかった。
「早く、自分で世話できるようになることね」
「しばらく無理そうだね」
「ううっ…」
大の男が情けない…と桜花本人は思っているが、そもそも今は可憐な少女だということがまだまだ体と意識のミスマッチの根深さを感じさせた。
「今日も…?」
「自分でやれる?局部とか、ちゃんと洗える?」
「うぅ…」
多分、手加減してしまうだろう。ちゃんとは洗えまい。桜花は自分の不甲斐なさを悔いた。
「おっ、お前ら…」
「げっ」
浴場に現れたのは桜花の隣室。昨夜は大暴れした槍使いの少女だった。桜花は小夜子を守るように前に出る。
「別にとって食いやしねえって。昨日は悪かったな」
「お、おう…?」
憑き物が落ちたかのような、すっきりとした表情である。昨日までの能面のような表情はどこへやら。
「あたしはな、大暴れするとちょっと落ち着くんだよ。まあ、2,3日は保つだろ。あ、名乗ってなかったな」
少女はその豊かな胸を張りだして名乗った。
「エイレーネー・トラレス。ターキッシュ出身な」
「ターキッシュ?あれ?魔法少女って五大国からしか出ないって…?」
小夜子は思い出した。ターキッシュは現在、枢軸国側で参戦している、ヨーロッパとアジアの境目の国だ。当然、五大国ではない。
「移民なんだよ。今はフレジュール国民だ」
「へえ…」
眷属への覚醒は移民でもOKらしい。
「あたしが槍使いなのは知ってるな?投げたし」
「殺されるかと思ったぞ!?」
「言うなって。まあ、本気ならあの槍、燃えてたから」
「燃える?」
「な、ケルトハル」
「うむ」
エイレーネーの肩に、木の葉が人型を取ったような姿の神が乗っていた。彼がエイレーネーの主神なのだろう―――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます