第22話 おれは握る

 翌日から、小羽教官との訓練が始まった。


「これ、持ってみ」


 小羽が差し出したのは、1mほどある白樺の棒だった。しかし、何やらとてつもない力を感じる。


「なに、これ?」


「これも魔法箒なんや。銘が無い、訓練用のモンやけどな。あてが一晩、力を込めてきたモンや」


「へえ…」


「これを握ってやりおうてる内に、おのずと掴めるものもあるやろ。ほな―――」


 始めんで、と言うや否や、大上段からの一撃。桜花は咄嗟に防いだ。


「おいおい、穏やかじゃねーな」


「歪みは待ってくれんでぇ~?」


 終始、小羽が攻めかかり、桜花は受けるので精一杯。魔法少女としての身体能力を目一杯に振るう小羽に対して、桜花はやや持て余し気味に思える。


「すごい、全然、目で追えない…」


 傍で見守る小夜子には何が何やら、小羽がすごい勢いで桜花に襲い掛かってることぐらいしか分からない。


「お、やってんじゃん」


「あ、エイレーネーちゃん…」


 観客が1人増えた。訓練の現場は、ガングニール本部庁舎の片隅に作られた芝生のグラウンドだ。エイレーネーはどかっと腰を下ろして、誰に向けるでもなく解説を始めた。


「鍔迫り合いから教官がカチ上げるだろ、そしたら桜花が撥ね上げられた体勢から踏み込んで、思いっきり横なぎに振り抜く。でも当たんねんだよなあ…あの人、体捌きがすごいから。ピョンて跳んで―――」


「ほえぇ…」


 自分が息をのむ一瞬の間に、そんな競り合いが演じられていたとは。それを見分けられるエイレーネーもまた、歴戦の猛者なのだ。


「かーなーり、手加減してる。まあ、一般人だとそれでも付いていけないんだけどまあ…雑魚一匹が戦果の桜花と、大禍を10体は撃破した教官とじゃ、役者が違うか」


「その…大禍っていうのは何なの?」


 先日からたまに耳にする単語だ。とてもすごい歪み、ということ以外は分かっていない。


「あたしもまだ4体しか相手したことねえけど…歪みってのは、たまに何体も共同して行動することがあるんだよな」


 ガングニールでは「群響」と呼んでいるが、群れた歪みは強いらしい。


「あいつら、基本的には単独行動なんだけど、本当にたまたまで同じ争い事に寄って来ることがある。そうなる時、歪みは共鳴して群れになる。だから群響ってんだな。そうなると、あたし1人じゃ苦戦する。実力の低い魔法少女だと、敗ける」


 歪みに対する敗北は死を意味する。


「で、群響はそうして斃した魔法少女を食うんだ。そうすると、あいつらの神の力が増幅して、より強い歪みになる。で、次も勝つ、食う。そうするとな、だんだん強力な個体とそうでもねえのが出てくんだ」


 大が小を食う。自然界の摂理は、神の理でもある。


「強力な個体は、弱小を食う。そうして共食いの末に生まれるのが大禍だ―――」


「なんや、興味深い話しとんな」


 しばらく目線を話していた方向から声がした。2人が目を向けると、桜花が地に伏し、その上に小羽が乗っかっていた。


「ぐう…」


「桜花ちゃん!?」


「ナハハ…頑張ったけど、まだまだやで。っで、大禍の話やな?」


「うす。教官の方が詳しいですよね」


「そらそやろ」


 小羽は桜花を解放して、2人の方に歩み寄ってきた。


「大禍。その名の通り、大いなる災いや。魔法少女を食ってどうのこうの、って言っとったけど、それだけやない。順番が逆になって、大きな戦場で出会った歪み同士、いきなり共食いすることもある。そして、現地の神を食う。そうして生まれた大禍は突発型と呼ばれてな。ただの歪みやと思うて派遣された魔法少女を食い散らかすんや―――」


 覚えとき、と小羽は念を押す。


「魔法少女は歪みに対して、いついかなる時も優位な立場にあるわけやない。食われる時は呆気なく食われて終わりや。そこで、顎をつかえて食われへん奴だけが生き残れる。生き汚くて結構。生き残るんやで?」


 小羽はガングニールができる直前からかれこれ30年以上を戦場で過ごし、教官職が設置されてから20年近い。寿命も近い中で様々な死を見てきた。


「生きるんや。死んだらイカン―――」


 まだ伸びている桜花にも聞こえるように、小羽は力強い意思を言葉に込めた。

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