第23話 おれは見る
およそ、1週間に渡って桜花は訓練を繰り返していた。プロを相手にやることをやっていると、体の使い方も慣れてくる。
「おっ、ええで!その調子や!」
「オラァ!」
男だったころとは全く違う腕の長さで、脚の長さも違う。体の使い方を一から組み替え直してきた。日を追うごとに、桜花は強くなっている。
「これは、手加減してやっとる場合ちゃうな!」
「ッ!?」
桜花の動きに対応して、小羽の動きが格段に良くなった。さっきまで剣を合わせることができていたのに、今はいなされ、無理に突っ込んではバランスを崩されそうになる。
「手加減しているって、本当に…!くそおっっっ!」
手足の感覚を理解してきた桜花も、負けじと剣を突き出すが、いなされ躱され、剣同士を当てることもままならない、
「ほいっ」
コン!と好い音が響いて、小羽の魔法箒が桜花の頭を捉えた。ズシャッ!と桜花が崩れ落ちる。
「ちくしょー…」
「動きはマシになってきたけど、まだまだやなあ」
「二人とも、休憩しましょう」
小夜子が声をかける。水筒に良く冷えた麦茶と、さっき食堂の厨房を借りて焼いてきたお団子を振る舞う。
「あぁ~みたらしやあ~!」
うみゃあ~と違う方言になっている。うんうんと頷きながら、小羽は満足の一言を述べる。
「こんなとこにおらんかったら、本当に良い嫁さんになるのになあ」
「ふふっ、間に合ってるから良いのよ」
ね?と小夜子は桜花の方を向く。桜花は団子を喉に詰まらせる。
「何言ってんだよ!?」
「私は桜花ちゃんのお姉ちゃんに永久就職したの」
ちゃんと嫁に行ってもらうからな!と言う桜花に、行きません!と突っぱねる小夜子。お互いがお互いを思い込んで思いが一方通行になっている。
「羨ましいわあ」
六十数年生きてきて、そのように思い合える相手とは死別した。親兄弟の生死も、この20年ほどは報せが絶えてしまっていた。そんな様子を見て、小夜子は小羽に両腕を広げて待ち受ける。
「おいで!」
「え…」
小夜子は満面の笑みで、小羽を見ている。仕方ねえなあ、と言わんばかりに桜花が頷いている。
「いや、でも…」
「来ないなら、私から行くから!」
言うや否や、小夜子は小羽を抱きしめた。小羽の顔が真っ赤になっているのを、桜花が囃し立てる。
「お、教官…顔真っ赤」
「なるやろ!常識的に考えろや!?」
こんな、公衆の面前でこんな―――と小羽が呻く。彼女は小夜子よりも2世代以上前の価値観の人間だ。女性同士とはいえ外で抱き合うなど―――
「ありえんやろ!?」
「苦労してきたわね…よしよし」
抱きすくめたまま、小羽の頭を撫でる小夜子。こんな風に扱われるなんて、何十年ぶりだろう―――
「あれ?」
小羽は視界がにじんで見える。ぼろぼろと、大粒の涙を流し始めた。
「泣き止んだ?」
「うう…恥っずいわあ…」
10分ほど、抱きしめられながら泣き続け、なおも抱きしめられている。小羽は逃げられない!
「鬼ほどつえーのに、大人げねえの」
「うっさいわ!」
「それほど、独りで苦労してきたということよ。ね?」
小夜子の手の一撫で一撫でが、小羽の心を癒していく。50年間、一度も抱いてこなかった感情が彼女の心を支配している。
「お母さん…」
母への思慕の情。16歳で笠置山から旅立ち、50年を戦ってきて、久しぶりに思い出した。桜花は気づいた。小夜子も涙目になっていることに。
「本当に、苦労してきたんだね…」
桜花はまだ太郎だったころに、一度だけ、小夜子に抱きしめられたことがある。小夜子曰く、人同士の抱擁には色々な感情を惹起させる作用があるらしい。小羽には母親への思慕を思い起こさせるものだったらしい。
「最後に見たお母さんの姿がな、今の小夜子ちゃんくらいの年頃やってん…」
「うん、うん…」
話を聞いてもらえるだけでも嬉しいよね、と小夜子は、彼女自身のガングニールにおける存在価値を見出し始めていた。
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