第39話 おれは先輩(前編)

「大和帝国から来ました!万里小路のどかです!」


 一生懸命に、敬礼をしながら桜花に告げた少女は、ほんのり頬が高騰していた。


「大和の佐倉桜花。まあ、覚醒したのは晋大陸なんだけど、生粋の大和人だよ」


 よろしくな、と手を差し出した桜花の右手を、和は両手で力強く握る。


「私、困っている人々のために戦いたいんです!ロンシャン長官が、そのための最短の道筋を先輩は教えてくださると!」


「最短、ねえ…」


 桜花は思った。この少女は生き急ぎ過ぎていると。


「急がば回れ、とも言うぜ?あまり気負い過ぎても、きついと思うけどな」


「でも…でもっ!」


 その性急な態度に、桜花は察した。


「ご家族の誰かがやられたか?」


「はい、祖父と祖母が。いつかは死ぬ定めでしたが、あの日でなくても良かった」


 復讐。これに突き動かされる魔法少女も多い。身近なところだと、クレアもそうなのだとか。ともかく、そういう魔法少女は早く限界が来る。


「復讐なんて、相手は何百万もいるぞ。一朝一夕でやれるもんじゃない。忘れた方が身のためだ。おじいさんとおばあさんも、お前がそのために戦い続けるのを善しとはしないだろうよ」


「でも、私は」


「強くなりたいよな。今度こそ、誰かを守れるように。その手助けはするさ。でも、復讐は忘れろ。早死にするぞ」


 多くの歪みを滅し、復讐心を満たしたいと願う魔法少女ほど、早くに死んでいくのは既に統計が取れている。小夜子からの受け売りだが、桜花も肌で感じ取っていたことだ。


「良い人を紹介してやるから、相談してみな」


「良い人…?」


 その足で、桜花は小夜子の部屋の扉を叩いた。


「あら、桜花ちゃん…と?」


「俺らの後輩だよ。大和から来たんだって。話、聞いてやってくれない?」


「新人さんね?データは無さそうね…」


 小夜子は桜花と和を招き入れ、座らせた。


「私は安藤小夜子。桜花ちゃんと一緒に拾われて、今は魔法少女のメンタルコーディネート…カウンセラーをしているの」


「魔法少女じゃないんですか!」


「魔法少女なら、10歳は若返ってたんだけどねー」


 悔しいなあ、と小夜子は呟く。無論、冗談なのだが。


「ねえ、こいつはじいちゃんばあちゃんを歪みにやられたんだって。それで、復讐したいって思ってる」


「復讐」


 小夜子は考え込んだ。


「復讐して、その後はどうするつもりなの?」


「えっ」


「例えば、この世から歪みが一掃できたとしたら…あなたはどうする?」


 考えたことも無かった。歪みは数が多くて、強大で―――戦いの中で命を落とすこともある、とだけ教えられていた。


「実際、組織だって歪みと対峙して50年、まだ撃滅には至ってない。けど、いなくなったら、どうする?考えたことはある?」


「無い、です…」


 歪みとの、神に比する存在との戦いに身を投じる高揚感だけが、和を支配していた。それが、急に消えるなど考えもしなかった。


「そう言えば、桜花ちゃんはどうする?」


「あ、おれ?」


 桜花もあまり考えたことは無かったが、やりたいことは一つ、あった。


「大和に帰って、故郷とは離れたところで、ウェイトレスでもやるかなあ」


「なんでウェイトレス?」


 桜花らしくない選択に、小夜子は笑っていた。


「良いじゃん、ウェイトレス。フリフリの制服も悪くねえよ。ちょっと前は嫌だったけど、女にも慣れたし、そういうの着てみたいんだ」


「へえ…」


 桜花なりに前を向いている。良いことだ。さて、和だ。


「和ちゃんは、そういう日常に対する希望、何かある?」


「私は―――」


 ありません。そう絞り出すのが精いっぱいだった。もし歪みを討ち果たして、祖父母の仇を討ったと言えたら、後を追いかけるくらいしかビジョンが無かった。


「それじゃもったいないよ」


「そうだな」


 桜花も、小夜子もそれを否定する。お前には無限の可能性があると、2人は言った。

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