第40話 おれは先輩(後編)

 和は、突き付けられた現実を―――仇が一掃されたら死ぬ、以外の選択肢を自身が持っていなかったことに戦慄していた。


を討ったら、終わり―――」


「あいつ…?もしかして、そいつ、まだ生きてるのか」


 魔法少女を相手にして生き残った歪みは、大禍になる。桜花は思わず、小夜子を顧みた。


「うん、既知の大禍は十数柱いるよ。今回、和ちゃんのご祖父母を殺したと思われるのは最も新しい有名柱ネームド


「―――タタラ。そう名付けられたと聞きました」


 大和の周防地方で暴れた群響は、次第に共食いを始め、先日、アル=マグリブで桜花たちが討伐したような大禍寸前の存在となっていた。そして、襲来した魔法少女も食って、大禍の仲間入りを果たした。


地鞴炎神じぶえんじん・タタラ。報告書は見たよ。発端は地租改正のための騒動に、いくつかの歪みが集まったものだったと」


 和は、懺悔でもするかのように言葉をひねり出した。


「その地租改正の訴えの発起人が、祖父だったんです―――!」


「そうだったの…」


 実際には土地の名士として祀り上げられただけ。でも、祖父は祖母の故郷の人々のために立とうとした。和もその応援をしたいと、家族で住んでいた西帝府を発って駆けつけた。自慢の祖父だった。


「私が到着して、駅まで祖父母が迎えに来てくれてて…その時、駅前でデモをやってたんです」


 警官隊と一触即発の危険があった。祖父がデモ隊を抑えに行った時、はやって来た。


「タタラが、やって来て…祖父を食べました。その場にいた多くの人々も。祖母も、逃げる時に混乱ではぐれて、それっきりです」


「そっか」


 祖父母が死んだと理解した時、和は眷属として覚醒した。彼女が中心となって、統制を取り戻した警官隊が防戦を繰り広げて作った時間。その間に魔法少女2人を含む国連の部隊が到着したが―――


「来てくれた先輩方は、敵わないから逃げろ、と」


 既に強大な存在となっていたタタラを相手に、派遣された魔法少女たちは我が身を捧げても一般人を救う道を選んだ。国連部隊と、和に告げる。


「いつか、私たちの仇でも取ってくれる?」


「それまで、死ぬなよ?」


「あの背中を、私は―――!」


「うーん」


 和が生き急いでいる気持ちは分かった。彼女が今ここにいるのは、たくさんの犠牲の上に成り立つことなのだと、桜花は理解した。


「なら、尚の事ダメだよ。生き急いだらダメ。まずは強くならなきゃ。大禍を相手に出撃メンバーに選ばれるくらい、たくさん戦って、実力を付けなきゃ。でないと、あなたが求めるモノには一生かけても届かないよ」


 事情を理解した小夜子は言う。大禍と戦う魔法少女には、それなりに求められる水準があるのだと。


「クレアちゃんやエイレーネーちゃんクラスでやっとなんだって」


「へえ…」


 マジか、と桜花。あの2人と戦えるレベルとなると中々、高い壁だと思う。


「あの2人、強えーぞ。それが基準なら、頑張らないとな!」


 桜花は最近覚えたばかりのウインクをしてみた。年頃の娘っぽさを出していかねば。


「頑張るって―――」


 漠然とした高い壁があると知らされ、和の戦意は萎えてしまう。勢いだけだった目標に、初めてできた壁―――


「おれが手伝ってやるよ」


 心が折れた和に、桜花は手を差し伸べる。


「タタラっての、ぶっ倒してさ。歪みも残らず倒しきって、おれたちはお役御免になってさ」


 どうする?と桜花は自問自答する。


「パリジェンヌとして、サロンでウェイトレスやろうぜ!退職金出し合って、店開いてさ!」


「いいね、私はマダム役で」


 夢物語という訳でも無い。彼女らには、庶民感覚からすればそれなりに高額な給与が支払われ、組織解散の暁には3年分の退職金が約束されている。


「ウェイトレス、ですか?」


「そう!ウェイトレスは可愛いのが良いよな!」


「ふふっ」


 和は思った。桜花のように、夢を持って戦うのが良いのかも知れない。生きて、生きて、生き抜いた先に、彼女の宿願は果たされるのだろう。


「私も、夢を持ちます!」


 和は誓った。あの日、先輩が死ぬなと言った言葉通りに、生き抜こう。そう、誓った。

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