第29話 おれは征く(後編1)

 降下中、色々なことがあった桜花は驚愕した。


「なんで落下傘開いてねえの!?」


 ルーはただ落ちるがままに、背負った落下傘のひもを引くことなく落ちていく。自由落下状態だ。


「あれが15m…嘘だろ?」


 その後に歪みを視認した桜花は戦慄した。事前に知らされていた15mとは、その辺の地形と比べて明らかに大きすぎる。知らされていた大きさの2倍はある―――


「聞こえる?オウカ」


「聞こえる?じゃねえよ!なんで落下傘―――」


「気になるなら後で説明するから聞いて。予想以上に大きい。奴は大禍である可能性すらある」


「これは全チャンネルに解放された通信だ。きっと、ジブラルタルのマッカネン隊長も聞いていることだろう。ざわざわ…という雑音が入る。


「申し訳ないけど、前線に出てもらう。私たち2人で殴り合いする」


「分かった」


「…弱音は吐かない、というわけか。見直した」


「そりゃどうも」


 桜花は落下傘のロープにナイフの刃を入れた。落下傘から解放され、自由落下し始める。


「どういうわけかは知らねえが、何とかなるから落下傘開いてねえんだろ?ならおれもゆっくり降りてられっか!」


 一足早く着地したルーは、手にした剣から衝撃波を出して着地の衝撃を相殺したようだ。


「なるほどね!」


 桜花は空中でもがきながら、どうにか射撃体勢を取る。


「当たんなくていい、むしろ味方に当てるな!」


 歪みの方に魔法弾を撃ちだした。三八式はボルトアクション式。そんなに連発はできないが、一発一発に十分な力を込めて撃ち出す。


「へえ、上手いじゃない」


 地上に降りて、対戦相手の巨大さを痛感した。明らかに30m以上ある。大禍に分類されて良いクラスの巨大さだ。そんな相手に新兵を連れて対峙しなければならない、という陰鬱さは少し晴れた。


「24時間、1秒間隔で監視できるわけじゃないにしても―――」


 かの歪みは明らかに神を食っていた。


「グゥ…オオオオオオオオォン!」


 その嘶きは地鳴りを通り越して、地震を起こしていた。


「くっ…!」


 ルーもそれほど経験豊富な魔法少女というわけではない。デビューは5年前。大禍と言える敵を相手にするのはこれで2回目だ。


「で。どうすんだ!」


 どうにかして落下傘を切り離して降りてきた桜花が問いかける。彼女は新兵だが、修羅場は踏んでいる。


「左右に分かれて、同時に仕掛ける」


「了解!」


 向こう側―――歪みに対して左手側に向かって行った。フットワークが軽い。経験者を相手に疑念を持たない素直さもある。


「良い兵士ね」


 フランベルジェで切りかかる。大禍を相手にする場合、一番大切なことはまずは食われないこと。


「距離を取っておいて、損となることは無い」


「へっぴり腰ぐらいがちょうど良いってか!」


 桜花も初撃は銃床で殴りつけたが、それを聞いてからは距離を取り、切りかかるルーの援護をするように射撃で気を逸らしていく。


「悪くない。続けてくれ」


 ルーが切りかかり、それに気を取られた歪みの頭を桜花が狙う。


「普通の歪みなら、とっくに討ち取れているレベルの戦いだ。やはり、奴は大禍だ―――」


「だとすると、どうなるんだ!?」


「ここで私たちが食い止める他、無い」


「そりゃそうだよなあ!」


「2人とも、聞いてくれ。10時間だ。10時間、我々のために作ってくれ。ブルクゼーレから応援が来るまで、耐えてくれ…!」


 マッカネン隊長から通信が入った。声音から、彼の苦衷の表情が感じ取れる。


「10時間か…了解」


「ルーキー相手に、気軽に言ってくれるなあ!」


 事の重大さを重々承知しているルーは諦めと共に応じる。軽口混じりに、桜花も応える。彼女は大禍との戦闘を知らない。


「生きて帰してやらないと…」


 自分と同じ年に魔法少女となったなら、まだ15歳。たった15年ちょっとで人生を終えるなど、悲しすぎる。ルーは腹を括った。

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