第30話 おれは征く(後編2)

 戦闘開始から6時間、強大な大禍を相手に、桜花とルーのコンビはどうにか戦闘を続けていた。しかし、ルーの疲労はかなりのところに在った。


「ハァッ…ハァッ…!」


 射撃主体の桜花と違って、紙一重のところで攻撃と回避を繰り返してきた。肩で息をしている。戦闘時間もさることながら、一撃をもらったら終わり、という極限状態のストレスが疲労を加速させていた。


「クッ!」


 脚が絡み、思わず、膝を突く。30m以上の大禍の蹄が、ルーを捉えた。


「ゴッ…」


 幸い、飛んだ先は繁みだった。衝撃は相殺されるが、蹴られたダメージで動けない。


「オウカ、にげ―――」


 均衡が崩れた。逃げろ。そう言いたかったが、彼女はそう言われても大人しく引き下がるようなタイプではなかった。


「ガァン!」


 一際大きな銃声が、そして何かが飛び散る音が響き渡った。


「ギャアアアアァイイイイイイイ!」


 覚悟して瞑った目を開いたルーの前にはラクダのような姿の大禍、その頭の左半分が削れていた。


「な―――」


 桜花は、再び引き金を引いた。残った頭の半分も消滅する。


「大丈夫か?」


 駆け寄ってルーを立たせる。脚に異常はないようだ。


「ええ…でも、まだよ。奴の核は―――」


 ラクダの頭は再生を始めた。ルーによると、歪みには「核」がある。その核を撃てなければ、歪みの体は再生を続ける。


「じゃあ、その核って奴を見つければ良いんだな!?」


「ええ。でも、狙って撃つのは難しい…」


 核のみを狙って撃つのは難しい。だから、魔法少女は歪みの体を大きく切り開く術を持つ。


「対消滅…その身に宿る神の力で、歪み全体を―――」


 しかし、それは諸刃の剣。自分の中の力を暴走させて、歪みの力の総量とぶつけるのだ。敵が強大になるほど、無事でいられる確率は少ない。


「なるほどな、竜天。力を貸せ」


「ウム」


 大禍は頭が再生しきるまで止まっているようだ。その間に、桜花は主神である竜天から力を引き出し、ぶつけるつもりだ。ルーも主神「パロミノ」から力を分け与えられる。2人の体が、山吹色と銀色に輝きだす。魔法箒は煌めくばかりに輝いている。


「いつでも行けるぜ?」


「ならば、行こう」


 ルーのボロボロの体も、神力の高まりによって少し回復した。前に出る。作戦はこうだ。


「私が正面の肉を割く。体の全部を焼き尽くす一撃を放て」


「了解」


 ルーは飛び出した。ラクダの頭は、ほとんど回復している。視界も。今度こそ踏みつぶさんと、脚を出してくるが―――


「遅い」


 サッと躱し、真正面から胴体を大きく裂いた。しかし、そこはがらんどうだ。


「胴体に核は無い。あるなら、そこには内臓が詰まっているはずだ。つまり、核は今も―――」


「頭ってわけだな!?」


 桜花は一際輝く光弾を放った。それは、ラクダの大禍の頭を、正確に穿ち、消滅させていく―――!


「消えろおおおおおお!」


 首ごと頭を消滅させた大禍は、地に倒れ伏した。


「ザクッ、ザクッ…」


「ぐしゃっ、グシャッ…」


 それから、2人は核が残ってないか、ラクダの体を丹念に潰して回っていた。既に枯死しているため、念のため以上の意味はない。そうこうしている内に、援軍部隊が降下してきた。


「オウカ、無事か!?」


「これが、歪み…確かに大禍クラスね」


「エイレーネー、先輩!」


 ブルクゼーレに残っていた魔法少女の中で、最高峰の戦力を何とか説得して連れて来ていた。


「後遺症を堪えてなんとか寝てる時、小夜子さんに頼まれてな…」


「私も。小夜子さんにお願いしますって」


「小夜子ねえ…」


 一般人は戦闘には連れてこない。しかし、彼女には彼女にしかできない役目があったのだ。


「PTSDは大丈夫か?」


「今は大丈夫だ。帰ったら寝込むだろうけど…」


 おまえのねーちゃんすげえな、とほほ笑むエイレーネーの表情には、確かに余裕がある。


「貴女もすごいわ。ルーだってまだまだなのに、2人で大禍クラスをやったのね」


 桜花とルーの手を取って、クレアは言った。


「良く、生きて帰ったわね」


 その言葉に、桜花とルーは生を実感し、安心してへたり込んだ。

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