第4話 おれは戦う
佐倉は10日ぶりに、自らの脚で立っている。感慨深いものが心を満たす。
「呆けとる場合か?」
はっきりと聞こえる竜天の声。その方向を見ると、小さな蛇の様な生物がいた。僅かばかり、山吹色の光をまとう白い、手足の生えた蛇が。
「力は与えた。守ってやれ」
「あっ!」
地面にへたり込んでいる安藤を見つけた少女の姿をした佐倉は、彼女に一言だけ告げた。
「すぐ戻る」
なんでか自然と笑顔になったことには気付かないまま、彼は怪物の方へと歩み寄る。
「ギャ…アアア…」
それまでの暴君ぶりはどこへやら、怪物の瞳には怯えの色がはっきりと映っていた。
「なんでお前が俺を怖がってんだ?」
面白そうに問いかけながら、彼は理解していた。
「俺は奴より強い」
か細い少女が、高さだけで20mある怪物に勝てる見込みなど、あろうはずが無い。しかし、佐倉は知っている。自分が人智を超えた存在になったことを。手足が生えた程度は、ただの序の口でしかないということを。
「よっと」
佐倉は庭石を引き抜いた。病院は、晋大陸の富豪の住宅を接収して使っていたのだ。庭石は縦横ともに、人の背丈ほどもある。
「まずは、挨拶代わりだ。くたばるなよ?バケモノ」
無造作に投げられたそれは、しかし正確に怪物の頭に的中する。
「グ、ゲギャ…」
流石に自身の頭と同じ大きさの岩にぶつかられては為す術も無かったのか、怪物はよろめく。あの庭石はそれほどの速度で怪物の頭に吸い込まれたのだ。
やがて怪物は浮遊し始めた。彼は重力を歪めて、自在に空を飛べる―――
「逃げられると思ってんのか」
怪物にとっては本当にいつの間にか、佐倉は怪物を間合いに入れて、飛び上がった怪物に掴みかかっていた。
「田中」
右手で、佐倉は怪物に殴りかかった。
「甲斐野」
頬に、顎に、佐倉は痛恨の一撃を見舞っていく。
「これは、茨田の分だ…」
病院で、数日とは言え共に過ごした戦友たちの名前。この攻撃は病院の瓦礫の下に息絶えたはずの者たちへの鎮魂歌―――
「独演会じゃ、つまらねえよ…」
最後に両手を組んで打ち据えた一撃は、怪物の脳天を捉え、地面に打ち沈めた。
佐倉は病院を見やる。突然のことにもかかわらず、彼は自分ができることを良く理解している。
「俺独りじゃ、無理だな…」
彼の新しい体、その有り余る力では、瓦礫の下に埋まる戦友たちをバラバラにしてしまいかねない。ならば―――
「竜天、ご苦労」
「ワシに何かできたわけでもないが」
「いや、何も無いよりはマシだろ」
「違ぇねぇ」
カッカと笑い合う1人と1匹?を前に、安藤の混乱はある意味、極限に達していた。
「な…何なんですか、この小さい蛇は!?さっきの怪物はどうなって…!それに、あなたは本当に佐倉さんなんですか!?」
「落ち着け」
佐倉は右手を安藤の右肩に置き、落ち着かせた。
「俺は佐倉太郎だ。生年月日は昭大2年2月22日。2が並んでて縁起が良いって、褒めてくれたな」
「佐倉さん…」
生年月日の話は安藤が佐倉と初めて顔を合わせた時に、安藤自身がした話だ。
「なんで…」
「そうだよな。なんでなんだ?竜天…」
「そうよなあ…それはそうだが」
竜天は尻尾で頭を掻きながら言った。
「我が眷属は無論、もう後戻りはならんが、娘。お前はまだ立ち戻れる」
「どういうことだ?」
竜天は念入りに、確認するように、安藤の目を覗き込む。
「お前には知る権利があるとは思う。話してやることもやぶさかではない。だが、知ったら最後だ。人の暮らし、夢には戻れん」
佐倉は少しだけ察した。そして、思った通りのことを口にした。
「それは困る。折角、世のため人のために生かした看護婦なのに」
「だから、選ばせてやる。選べ」
「…ッ!?」
安藤にはさっぱり意味が分からない。知れば普通の人の暮らしができなくなる…?
「この世の暗部…みたいな奴だろう?」
「然り」
「安藤さん、こいつはこう言いたいのさ」
佐倉は安藤の肩に置いたままの右手で、彼女の肩を叩いた。
「人の後ろ暗い歴史を知ってまで、俺みたいなバケモノの側に来る勇気はあるか?ってな…」
そう言って目線を変えた先には、先ほど鎮めた龍の怪物がいた。
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