第9話 おれは桜花(後編)

 安藤は続ける。


「私たちは実年齢も肉体年齢も離れているわけだけど、目的は一緒じゃない?」


「まあ…そうだね」


 歪みを倒す戦いに身を投じる同志同士、親しくなりたいという気持ちからの発議だった。


「私は安藤小夜子さやこ。これからは安藤さんじゃなくて、小夜子って呼んで欲しいな」


「え、じゃあ俺はどうするんだよ。俺なんて太郎だよ!?」


「あなたにふさわしい名前がある…って勝手に思ってる名前があるんだけど、聞いてくれない?」


「え、えぇ…?まあ、聞くだけなら」


 ついに女の子の名前つけられちゃうのか…と気恥ずかしくなる佐倉だが、小夜子を見ると目が泳いでいる。彼女も恥ずかしいらしい。


「桜花って、どうかな」


「おうか…桜に花、って書くの?」


「うん」


 佐倉さくらという名字に、この桃花村で観た綺麗な花を掛け合わせた名前。竜天の見せた奇跡を目の当たりにしてひらめいた名前だった。


「へーふーん」


「嫌なら良いんだよ?嫌って言ってくれたらそれで…」


「良いじゃん」


 彼なりに理由を述べる。


「この体が女の子ってのは変わらないわけだし?フルネームって言われて太郎なんて名乗れねえし?何より…」


 目を逸らしてつぶやいた。


「せっかく小夜子ねえが付けてくれたんだし?」


「ねえ」


 少し諦められないという風に小夜子が尋ねた。


「私がお姉さんなの?」


「いや、どー見てもあんたが姉だよ!?なあ竜天!」


「まあ、見た目的には…どうしてもなあ…」


「そうだよねえ…」


 小夜子は切り替えた。


「良し!では、私が義姉ということで、宣言します!私たち義姉妹は、生まれた日は違うけど、必ずや同じ病院の、同じ病室で死ぬことを誓います!」


「おお、現代的な桃園の誓いだな」


「あ、でもこれだと桜花ちゃんが若死にしちゃうね」


「まー十年やそこらだからまあ…良いんじゃねえ?」


「十年もあったら色々できるよ?でもまあ…」


 小夜子は右手を差し出した。


「生きてる内はベストを尽くして、どっちかがどっちかを見取って、満足できるように生きよう」


「だな」


 桜花もを差し出し、握手した。




「世話になったね。神様にも良く伝えとくから」


「いえいえ、そこまでしていただかなくとも…まさか、季節外れの桃が収穫できるなんて、竜神様様様でございます」


 桃花村を離れ、案内人に従って国連部隊の駐屯地を目指す。不安はある。しかし、強くなれる。健康を取り戻した体で、人々の役に立てる。桜花はワクワクしていた。


「なあ、小夜子ねえ」


「なに?」


「ねえは英語話せるん?」


「うん、一通りは…外人さんの看護もしたことあるよ」


「完璧じゃん。おれは下士官だったからなあ…」


 大和帝国軍でも士官ともなると外国語に達者な者も少なくないが、下士官で外国語に明るい者は少ない。無論、簡単な挨拶程度はできるが…


「ワシに任せておけ。小夜子が話せるなら、汝の通訳だけすれば良いということじゃろう?」


「竜天さま~!」


 汝は我が眷属じゃからのお、という竜天の言葉の外には、やれやれ…という本音があった。


「御使様、着きました」


「病院ほどじゃないけど、立派な家使ってるな」


 国連部隊の駐屯地も、現地の富裕者の宅地を使っていた。恐らく、家は司令官レベルが住む司令部だろう。


「ありがとう。長老さんによろしく伝えてくれ」


「ハハッ!御使様の前途に幸福が訪れますよう!」


 桃花村からの案内人は、走ってその場を離れていった。恐らく、こちらの姿が見えなくなるまで走るのだろう。


「早く行ってやろう。待ってろよ、国連!」


「喧嘩売りに行くんじゃないんだから…」


「まあのぉ…元気なのは良いことじゃ。この後は戦いに次ぐ戦いの連続。消耗する一方じゃから、今は元気でないとの」


 竜天の言葉は、この2人の義姉妹の今後を暗示するものである。戦場に斃れるか、畳の上で死ぬか、それは分からないが、戦いに身をすり減らしていくことだけは確か。


「特務機関に属する眷属の平均寿命は35歳と聞いたことがある」


 それだけ、戦死が多いということ。前途は多難だろうが、自分が支えていこう…と小夜子は決意を新たにした。

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