第8話 おれは桜花(前編)

 その夜は大和帝国陸軍の救援隊から身を潜めるようにして、竜天を祀っている村落に身を寄せた。さすがに女2人で野宿はあんまりだと思った彼が提案したのだ。


「竜神様の使い…ねえ?」


「詐称だと思われない?」


「大丈夫じゃ、ワシが付いておる。堂々と行ってみよ」


 大丈夫かいな?と半信半疑で近くの村落を訪ね、第一村人を発見した瞬間だった。


「ちょ…長老!?」


 現地人の言葉は2人には分からないが、とにかく慌てて何かを探しに行ったらしいことは分かった。ちなみに、竜天は言葉が分かっている。


「上位の存在を呼びに行ったのだ。大丈夫、一宿一飯くらいは馳走してもらえるじゃろうて」


 ややあって、4,5人の男性に囲まれて、ヨボヨボの老人がやって来た。老人は佐倉の前で平伏する。


「りゅ、竜神様の化身が来られるとは思いもよらぬ幸福にございまする。して、如何なるご用件でありましょうや?」


「…と申しておるぞ」


 竜天は現在、その化身の肩の上に載っているのだが、それは現地人たちには分からないらしい。


「って言われても、なんて言って良いか分かんねえよ」


「好きに言ってみよ。ワシの神通力で訳してやる」


「え、そんな便利な能力があるの?先に言えよ」


 そうとなれば話は早い。佐倉は2つの指令を出した。


「なら、俺たちに飯と宿をくれ。後、大和軍の病院に人を派遣して、何があったか報告してくれ」


 その言葉は竜天の神通力によって瞬時に語訳され、現地人たちの脳裏に刷り込まれる。


「かしこまりました」




 そうして偵察させている内に、国際連盟関係と見られる白人たちが病院跡に現れた、と知ったのは事件から3日目のことだった。


「へえ、お早い到着だな。じゃ、そろそろ出発か」


「も、もう発たれるのですか!?まだ何の歓待もできておりません!」


「いや、これ以上はキツイだろ。倉庫とか大丈夫か?」


「し、しかし…」


 佐倉とて、農家の長男だったのだ。急な来客が家の財政にどれだけ負担をかけるか、良く理解しているつもりだった。しかも、相手が高貴な身分になればなおさらだろう。


「神様から言われてるんだ、その白人たちの世話になれって。俺たちもお告げに従って動いてるんだよ」


「そ、そうでしたか…」


 そう言いつつも、長老の表情にわずかな安堵の色が混じっていたのを、佐倉は認めていた。申し訳ないと思い、何か記念になるものは無いか、竜天に尋ねた。


「そういうことなら…」


 竜天も、残りわずかとなった信仰者に何かしてやりたい気持ちだったらしく、持てる力を使う気になったらしい。その場の皆に、外に出るよう促した。


「ここは桃花村って言うんだって?」


「はい。その通りでございます。春先には桃の花が咲き誇る村でございます」


「じゃあ、ここら一帯の木は全部が桃なんだ?」


「はっ。村内の樹木は言うに及ばず、この五里四方は全て桃でございますれば」


「じゃあ、やってみるよ。ムムム…」


 竜天が何かやるらしい。自分も何やらやっているよう見せかけるため、謎の印を組んでみる。すると、何やら良い匂いがしてきた。


「おお、おおお!?」


 騒がしさに気を取られて閉じていた目を開けると、確かに騒がしくなるにふさわしい光景が、佐倉の目に飛び込んできた。


「満開だ」


 村全体で桃の花が満開になっている。季節は夏。既に一度咲いたはずの花が、再び花開いていた。


「これは…季節外れの桃が出荷できますな…」


 長老も呆気に取られている。神の力がここまでとは思わなかったのである。




「綺麗だな」


「そうね」


 是非花見をしていって欲しい、と村全体を見渡せる高台に席を設けられたため、佐倉と安藤は花見をしていた。


「本当に神様なんだな。竜天すげぇ」


「うん」


 何やら、安藤の様子がおかしい。言いたいことがあるように見える。


「安藤さん、何かあるの?」


「え、う…うん。その、提案があるの」


「提案」


 何だろう。


「佐倉さんは、三国志って知ってる?」


「三国志?うん」


 有名な華国小説だ。三国志は大和史でもいろんな逸話のモチーフになっている。


「桃園の誓い、って…あるじゃない?」


「ああ、いきなりの場面だね?」


「私たちもやらない?」


「はあ!?」


 桃園の誓いとは、劉備とその家臣2人が義兄弟の契りを交わす、三国志初期の名シーンだ。それを自分たちに当てはめる?どういう名目で?

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