第5話 おれはどうなる(前編)
安藤看護婦は人生の岐路に立たされていると、佐倉は語る。
「人として暮らしていきたいなら、今日のことは忘れたら良い。この病院の唯一だろう生き残りとして、東帝府に戻って看護婦を続けるんだ。あんたなら、きっと多くの人の助けになる。そうなったら、俺も鼻が高いよ」
そして、佐倉は怪物を顎で指す。
「話を聞いちまったら、あんなのがナンボでも登場し続ける人生になっちまう。あんたにその人生はもったいねえよ…そんなとこだろう?」
「まあ、そうさな…平穏無事、とは行かないだろうて」
竜天の肯定に、佐倉の心は決まった。
「聞くべきじゃねえ。あんたには能力がある。相応しい夢もある。日常に帰りな」
「で、でも、それじゃあ佐倉さんはどうなるんですか?これからあんな怪物と戦い続けるんですか?女の子にまでなって!」
「は?」
言われて初めて気になった胸元。柔らかい何かを感じる…股間はどうか!?
「な、なあ…竜天?」
「フム、言うておらんかったな。ワシはお前たちの言うところの神だ。神の眷属とは年若い娘と決まっておってな」
「はああ!?」
怪物を目の当たりにしながらも狼狽える事の無かった男は、いつの間にか女に変えられていた事で、初めて狼狽えだした。
人が羨む健康な体を取り戻した男…もとい少女はしょげ返っていた。
「マジで…女の子…マジで…?」
さっきから意味の無い言葉を呟いている。流石にかわいそうになった安藤が語りかける。
「あ、あの、女性も男性と変わりませんよ!確かに性器の形は違うんですが、脳の大きさは差が無いですし…」
さっきから励ましているが、効果は出ない。
「なんじゃ、繊細じゃの」
「話に聞く限り、男らしさに価値の基準がある方のようですから…英雄になりたかった、と良く口にされて…」
「英雄…英雄なあ。此奴が担う立場は間違いなく英雄なんじゃがなあ」
「どういうことですか?」
「ああ…これ以上は良くないの」
安藤が疑問を口にするが、肝心なところにはどうしても待ったがかかる。彼女は次第に焦れったくなってきた。
「ああ!もう!分かりました!どうせこんなことになったんだから、この後なんてろくな目に遭わないです!とっくに人生レールアウトしてますから!教えてください!」
「いや、ちょっ…落ち着いてだな…」
「どうせ、佐倉さんのケアも必要でしょう?あなたがやれそうには見えません!」
「む、むぅ」
竜天は人ならざる身だ。人の子の悩みなど、どうしてそれが生じるのかも全く分からないのは図星だった。
「なら、私が面倒を見ます!彼は私の患者ですから!最後まで責任持って!」
「わ、分かった…分かったから、落ち着け…」
威儀を正した安藤は問い直す。
「教えてもらえるんですね?」
「ウム…我が眷属を十全な状態に置くには、汝の協力が要ると思う。全て話そう…」
話は、この世界のあらましにまで溯る。かつて、一千万年前には神は「渾沌」ただ一柱のみだった。混沌が死に、神々が生まれたのは他ならぬ人類の仕業だった。
「ある人間が言ったそうじゃ。神は孔の無い顔で苦しくないか…とな」
渾沌は体表に孔を持たない体をしていた。混沌が生んだ人間たちは体の至る所に孔を持ち、悩み少なそうに生きている―――
「渾沌は世界を背負って何百万年と生きていた。悩みも多かったのじゃろう。自身にも孔が欲しい、と言い出したそうな」
人類は英知を結集して、神の体に坑を穿つ槌を作り上げた。そして、渾沌の体を穿った時、悲劇と奇跡は起きた。
「渾沌は七つの坑を得て、衰弱していった。渾沌は悩んだ。自分が死ねば世界が終わる、そう定められておった。衰弱しながらも千日を耐え抜き、ある結論に至ったのだな。自分が死ぬなら、代わりがいれば良い…と」
「その代わりが竜天さま…?」
「そうじゃ。他にも八百万の神々がおるが…とにかく、残された時間の無い渾沌は、息を、神素と呼ばれる物質を際限なく吸い込み、破裂して果てた。その遺骸は一千万に分裂し、ワシが生まれ、神々が生まれ…『歪み』なるモノが生まれた…」
「歪み…」
それは、と竜天が口にしかけたところで、眷属の少女が戻ってきた。
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