第18話 おれは調べる(前編)

 その日はクレアの機嫌が良い内に食堂へ行き、夕食を共にした。彼女は度重なる戦闘のストレスからPTSDを発症しているらしく、時折、癇癪を起したように感情が爆発することがあるらしい。


「だから今度、私に話しかける時は慎重にして欲しい」


「大変なんだな…」


 PTSDに罹患する一般兵士が年々、増えているとは知っていたが、人知を超えた力を持つ魔法少女もまた、悩まされているのか。クレアによると、在籍する魔法少女の内、5割近くがPTSD患者だと言う。年頃の少女が人外の存在と戦うのは、それほど過酷ということなのだ。


「そういうの、カウンセラーは付いてくれないの?」


「最初はいたけど、あまりに過酷な仕事だから辞めちゃう人が多くなって、どうしようもないと聞いたわ」


 カウンセリングを受けている最中に魔法少女が暴れ出し、カウンセラーを殺傷した事故も起きた。それで、カウンセラーは来なくなったと言う。


「危険ね。私たちは…」


 クレアは自嘲する。一般人を守るために戦って、一般人の世話になって、しかも傷つける。何をしているのか分からない。彼女の自嘲を聞いて、小夜子は誓う。


「私も、相談に乗れると思うから、何かあったら来て欲しいな」


「…ありがとう。覚えておくわ」




 一晩明けて、事前に呼び出されていた桜花と小夜子は本部に向かう。


「小夜子ねえ、大丈夫だった?昨日は騒がしかったけど」


「うん、ビックリしたね…」


 昨夜は桜花の隣室の槍使いが暴れたらしく、宥めるためにガングニール職員や魔法少女たちが周辺に詰めかけていた。


「寝てろって言われたから寝っ転がってたけと…」


「私の部屋にはクレアさんが付いててくれたよ」


「先輩、仕事してんなあ…」


「本当にね」


 精神が安定している時のクレアは本当に頼もしい存在らしく、昨日も戦闘力を持たない小夜子の警護の傍ら、暴れ出した槍使いを宥めるアドバイスまでこなしていた。


「で、ここだな」


「なんか、重厚感のある扉ね…」


 長官執務室とはまた違った、分厚そうな加圧式の扉。金庫を思わせる。


「そういや、壁も…?」


 岩ではなく、光沢感の無い金属が剥き出しになっている。


「何の部屋だよ、これ…?」


「おお、やっと来よった」


 分厚い扉を開けると、なじみ深い大和語が聞こえてきた。


「おう、大和人!あんま見ぃひんから、寂しかったで!」


「お、おう…?」


 コテコテの関西弁を使う白衣を着た少女。


「あなたも、魔法少女なの?」


「せや。あんたが保護者やな?あては大和の魔法少女、通称『神奈比』や。魔法箒の実装と慣熟訓練を誕生しとーよ」


「へえ、魔法少女が魔法箒を造るのか」


 桜花は意外だった。もっと、大人が色々と数値を測ってどうこうしていくものとばかり思っていた。


「ああ、向こう見てみ?数値の計測機器は軍人さんのお仕事や。あてはその先、出来た魔法箒のシューフィッターやな」


 魔法少女一人一人によって、魔法箒は全く違う。出力、効果範囲、現れる能力まで、千差万別。それを必要最低限、かつその魔法少女のイメージに沿った力に整える。それが神奈比―――


「この朝比奈小羽様のお仕事っちゅーこっちゃな」


「なるほど、だからシューフィッター」


「だから、お前がおるのだな、道満」


「麻呂も、伊達に学問の神様やないからな」


 小羽の肩から、笹が生えている。七夕の日に願い事を書いて吊す札まで装備した笹が。


「こいつは道満。あての主神や。スッゴい有名人なんやで?」


「有名人?」


「ホホホ、麻呂は暇を持て余して、人に身をやつした時があるんや…」


「汝が暇…?生き急いでいるの間違いではないのか?」


「ホ、ホ、ホ…」


 正体不明の学問の神様「道満」。その正体も気になるが―――


「おれの魔法箒は!?」


 桜花の叫びが木霊した。

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