第17話 おれは降り立つ(後編)

 しばらく考えていたロンシャンだが、口を開いた。


「お嬢さん、今ならまだ間に合う。患者というだけでここまで付いてきた。君はさぞかし良い看護婦なのだろう。だが見たまえ、君の患者は今や健康そのものだ」


「はい」


 しかし、問題があることを指摘した。彼女はしかるべき時を女性の肉親と暮らしていなかったため、女性としての自認に欠けることをまず挙げた。


「彼女はまるで、自分が男性であるかのように振舞う時があります」


「ほう?言葉遣いも少々それっぽいな」


「はい。それ故に、年頃の女の子しかいないとされる寄宿舎に、1人で放り込むのは…私は反対です」


「そ、そうなんです!ねえがいてくれないと!」


 桜花もその点を一生懸命に説いた。そして、小夜子はそんな彼女と周囲との橋渡しをしたいと語る。


「どうして、そこまでやると言うのかね?君は、すべての患者にそうなのかね?」


「いえ、桜花さんは特別です。彼女はこれまでで一番高く、私を評価してくれた患者だから、私は生涯尽くそうと決めました」


「フム」


 小夜子は引き下がりそうにない。大和大使館に送ろうとしても抵抗するだろう。しかも、桜花もそれに乗じるに違いない。在舎の(ブルクゼーレに駐在する)魔法少女たちを出動させれば止めることは容易だろうが、貴重な戦力を1人、失うことになる。


「良いだろう。ただし、人としての幸せは掴めないものと心得てもらう。君たちが踏み出そうとしているのは、そういう場所だ」


「分かった」


「分かりました」


「クレアをここへ」


 ロンシャンは在舎の魔法少女の中から、一番面倒見が良く、温和な気性をしている彼女を呼び出した。




 呼び出されたクレアは寄宿舎の方へ歩き出した。桜花と小夜子もそれに倣う。


「私は貴女のお世話係じゃないのだけど。そういうのは小夜子さんの管轄でしょう?」


「ごめんなさい…」


「細かいこと気にすんなよ、シワが増えるぞ」


「増えないわ」


 自分が橋渡しをするまでもなく、桜花は上手くやれそうだ。これなら、自分は早期にお役御免。早く身の振り方を考えないといけないかも知れない―――


「食堂。夜間でも、24時間体制でご飯が食べられるわ。裁縫所。戦闘衣装を作ってもらえるわよ。朝10時から17時までが受付時間。それから…」


 見た目の大きさに比例して、様々な施設が配置されている。そして、


「ここが貴女の部屋。恐らく、隣を小夜子さんが使うんじゃない?」


 2階の中ほどにある部屋である。


「前住んでいた子たちは仲良く戦死しちゃってね」


「仲良かったんだ?」


「別に。普通だったわ。けど、相対的には良かったのかもね。試しに…お隣さんにでもご挨拶してみたら?」


 おう、と在室だという自分の隣室をノックしてみる桜花。出ない。一瞬して、小夜子の方に、彼女を庇うようにして跳びかかった。


「オイオイ!?」


「ヒュッ」


 扉を突き破って、先ほどまで桜花が立っていた箇所から壁まで一直線に槍が横切って突き立っていた。投げた主は、扉を開けて桜花を一瞥。


「うっせえぞコラ」


 何語かは判らなかったが、竜天を通じてそのように聞き取れた。そして、扉は再び閉じられた。


「なあ、もしかして」


「私も、機嫌が悪いとあんな感じよ?ガングニールは個人主義なの」


「へえ…」


 人は見かけによらねえなあ…と思う桜花である。さっきの魔法少女も、行動の凶暴さに反して割と無表情だったが、決して凶悪な貌ではなかった。


「なあ、小夜子ねえは官舎の方にしてもらった方が良いんじゃ」


「でも、それだと私が来た意味が無くなっちゃうから」


「官舎に移った方が良いというのは賛成するけど。私だって、勢い余って殺しちゃいそうで怖いわ」


「うーむ」


 最大限、気を付けて。なるべくなら桜花と2人で出歩こう…となった。

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