第16話 おれは降り立つ(前編)

 ベルガエ王国首都、ブルクゼーレ。国際連盟の本部と付属機関が置かれる国際都市でもある。


「山が無いな」


 山が盛り沢山の島国で育った桜花と小夜子には、低地地帯のベルガエの風景は独特としか言いようが無かった。山が全く無く、ずっと向こうの方まで見渡せる。


「これから諸君が向かうのは、国連本部ビルなどからは離れたところにあるガングニール本部だ。ガングニールにはベルガエ本部の他、コロンビオン、エゲリア、フレジュール、ロマーリア、大和の5大国に支部を置く…と言うより、参加国がこれだけしかないのだが」


「参加国って?」


「ウム、魔法少女を国連に供出する国だ。君も華雄で見つかったが、奇しくも大和人だった…未だ、国連安保理に名を連ねる5大国以外から、魔法少女は見つかっていないのだ」


 このことから、ガングニールはある仮説を立てていた。


「人心がある程度安定した国からしか、魔法少女は出ない。私も含め、ガングニールではそう考える者が多いよ。だから、華雄で歪みが倒されたと聞いて、少しは期待もしたものだ」


「なんか…スイマセン」


 桜花は途端に居心地が悪くなった。


「いや、済まない。こちらの話だ。それよりもどうかね、ブルクゼーレは?」


「そうですね、石畳が綺麗な街です」


 そっと桜花の手を握った小夜子が応えた。


「沼と家…都市名はそこから来ているそうだ。干拓した緩い地盤を補強するように、石づくめにしたんだろうな」


「へえ…」


 そうこう言っている内に、目的地に着いた。


「ここがガングニール本部だ。正面の建物で、それを挟むように左右に官舎・寄宿舎もある」


「官舎・寄宿舎?」


「国連職員は官舎に住む者が多いな。寄宿舎は魔法少女に1人1部屋が割り当てられている。まずは、長官のいる本部に向かう」


 ガングニール本部は4階建てで石造りの立派な建物だ。その4階にガングニール長官執務室がある。


「長官、マッカネンです。新しい主神と眷属をお連れしました」


「どうぞ」


 中から、厳格そうな男性の声が聞こえる。重厚なを扉を開けると、中には白い顎ヒゲを長く垂らした70歳くらいの男性が座っていた。


「ようこそ、神よ。私はムーラン・ド・ロンシャン。フレジュール共和国の退役陸軍大将です。このガングニールの指揮系統を統括する長官職に就いております」


「大将閣下…!?」


 桜花は思わず、気が遠くなりそうになった。そんな神様のような人と対面しているなんて。


「ウム。ワシは竜天と呼ばれる神である。長らく晋の江南に住しておったが、汝らの世話を受け歪みを正そうと出てまいった」


「桜花ちゃん、しっかりして…」


背中をさすられ、幾分か持ち直した桜花は名乗った。


「佐倉桜花でしゅ!」


「噛んだな…」


「噛んじゃったの、バレてる…」


「なんで!そこまで克明に訳してくれてんだよ!?」


 ひたすら恥ずかしい思いをした桜花は、竜天に抗議する。ごまかしてくれて良かっただろうに…


「ごまかしても仕方あるまいて。のう、将軍?」


「その通り。通訳とは訳される人の人柄をしっかりと表さねば」


「そんなぁ…」


 この場に彼の味方はいないらしい。いや、小夜子はどうだ?


「私は桜花ちゃんの味方だからね!」


 小夜子の目が、そう訴えかけてくる。


「だからって、何かできるわけでもないけどね…」


 小夜子の目が、力なくちょっと目線を外してくる。


「小夜子ねえ…」


 残念ながら、有力な味方はいないらしい。そのやり取りを見ていたロンシャンは尋ねる。


「さて、そちらのお嬢さんだ。君は誰で、どういう人間なんだね?」


「…私は、安藤小夜子と申します。桜花さんとは看護婦と担当患者という間柄でした。彼女の覚醒の際に私の立場では知るべきではなかったことを知り、彼女の支えとなりたいと、ガングニールを志願しました」


「初めてのパターンだな、大佐?」


「そうなのです」


 これまで、魔法少女の眷属としての覚醒は単独で追い込まれて、というパターンが圧倒的だった。周りに人がいても、ガングニールがサポートしてごまかし、一般社会に帰っていく。そんな中、この女性は担当患者を守るという名目でここまで来た。


「フム…」


 ロンシャンは思案した。

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