廃兵、魔法少女になる

司書係

第1話 おれは廃兵(前編)

 ああ、死んだな―――


「伍長!佐倉さん、しっかりしてください!」


 戦場で不意に飛んできた一発の砲弾。それが、彼…佐倉太郎の運命を大きく変えた。父は下士官ながら双樹大綬章を受けた名誉ある軍人で、彼自身も父のような、立派な軍人になるために志願したのだが―――


「伍長殿!どうかお願いします!この人は、ここで死んでいい人じゃない!例え、腕が一本くらい無くなったって―――」


 朦朧とする佐倉の耳に、嫌な情報がたくさん、入ってくる。腕が無いだの、足も傷がひどいだの―――


「死なせてくれ」


 立派な軍人として生きられないなら、死んだほうがマシじゃないか。そう思いながら、佐倉は長い眠りについた―――




「それで、こういうわけですか」


「ウム、現場の衛生兵は良く持たせたものだと思うよ」


 佐倉は、後方で臨時に設置されたばかりの病院で軍医の診察を受けていた。主治医は生松軍医少佐だ。


「普通、腕と足から同時に出血していては、出て行く血の量は途轍もない。君自身の生命力も素晴らしいものだと思う。恩給も出るだろうし、ゆっくり休んで、義手義足でも買って、軍の事務官でもやったらどうかね?君が国に尽くしたことは、部下の様子からもよくわかるよ」


 少佐によると、衛生兵は佐倉の腕を握り続け、必死に血を止めてくれたらしい。部下の一人も指示に従い、脚にロープを括りつけ、何とか止まれと一晩中寝ずの番を務めてくれた。だから、今、佐倉は生きていられるのだと。


「この病院はしばらくは無くならないよ。ゆっくり体を休めて、今後の身の振り方を決めると良い」


「はい…」


 ありがとうございます、と佐倉の言葉を聞くか否やで少佐は席を立った。次の患者の回診に行かねばならないらしい。


「それだけの激戦なのだ…」


 この度の大戦は、ニムツェ帝国の軍事侵攻が原因だった。ニムツェの快進撃を前にフレジュール共和国は崩壊寸前に陥り、エゲリア連合王国の介入でどうにか踏みとどまった。しかし、欧州の動乱は各大陸の植民地に多大な影響をもたらした。


「この晋での戦もそうだ…エゲリアめ、自分のケツは自分で拭けってんだ」


 大和帝国の海を隔てた隣国、華雄民主共和国。その広大さから通称「晋」大陸とも呼ばれるこの国には、エゲリアやニムツェの海外領土が点在し、火花散る状況となっていた。その爆発の連鎖を止めるために、佐倉が属する師団が派遣されたのだ―――


「国を守るためでもねえ戦で、これか」


 佐倉は初めて、自分の右半身を直視した。腕は肘から先が無く、脚も脛の途中で切断されている。どうも、1週間に渡って生死の境をさまよったらしい。


「情けねえったら」


「そんなことはありませんよ」


 佐倉に付いた看護婦の安藤さんが話しかけてきた。彼女は普段は東帝府の病院で働いているが、応召して戦地へ来たという。


「そんなことはありません。佐倉さんは立派にお国のために尽くされました。私は、そんな立派な方を少しでもお助けするために、ここへ来ました」


「そうかい」


「何か、気になることがあればいつでもお声がけくださいね?必要なら先生もお呼びしますから」


 一礼して、安藤は他の患者を見に行った。話によると、この病院では1つの病室に4名程度の兵が容れられ、それに1人の看護婦が付くという。


「東帝府で看護婦か。良い暮らしをしていたのだろうに。余程なのだろうな」


 白衣の天使とは、彼女のためにある言葉だと、佐倉は思った。


「腕と脚の無い俺に、如何ほどの価値があるのか」


 医者や看護婦は励ましてくれるが、軍にとっては最早、自分は無用だろう。戦傷どうのこうのと言ったところで、事務官としても残れるのか?


「死なせてくれて、良かったのだぞ…」


 佐倉を生かしたのは、特別かわいがっていた一等兵、それに同期入営の衛生兵伍長だと言う。顔もはっきりと思い出せる。奴らは、元気に戦っているのだろうか?


「俺も―――」


 俺も戦わせてくれ、と佐倉は虚空を見つめて願った。

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