第15話 おれは向かう(後編)

 英領サマルカンドを経て、ブルクゼーレに向かう。


「思った以上に揺れないな。快適だ」


「実はワシ、空飛べるんじゃけど」


「おう?」


 竜天が告白するように話しかけてきた。なんだよ?と桜花はいぶかしむ。


「もう百年は飛んどらんが…やっぱり自分で飛ぶのとは感覚が違うのお」


「…じいさん、酔ったのか?」


「ウム」


「そうかあ…」


 神様でも飛行機酔いするんだな…と桜花は思う。なまじ、自分で飛べる分、揺れなどが気になるのだろうか。


「人間は背中をさすってもらえると楽になるんだけどなあ」


「ウーム…」


 小指一本で細い背中をさする。その姿に、容赦ない声が投げかけられる。


「情けないわね、竜天」


「ム…」


 声のする方に座っているのはクレア…とその主神。


「あんな田舎に引きこもっているから、そんな醜態をさらす羽目になるの。全く、情けないったら」


「うぐぅ…」


「っつーか、誰だよ?先輩の主神?」


「そうね、ご挨拶が遅れたわ」


 その神は、人に似た体躯の頭に羊の角に似た一対の角と、黒い羊の毛皮のコートを身に着けている。一礼して言った。


「私はペルセポネー。死神たちの女王なの」


「死神…」


 また物騒な単語だな…と思う桜花である。


「まあ、今はクレアしか眷属はいないのだけれど」


羅馬ローマにおれば、死人どもの王を気取っておられたのにな」


「うるさいわ!」


 竜天のツッコミに、ペルセポネーは応える。それを横目で眺めていた小夜子に、ある疑念が芽生えた。


「ペルセポネーさま。ちょっとお聞きしたいことがあるんですが…?」


「あら、何かしら?」


「竜天さまには華南の村、ペルセポネーさまにはローマが、それぞれ信仰の地盤として存在していたように聞き及びました。信仰心とはその神の力に直結するはず」


 小夜子は自身の懸念を口にした。


「信仰心から離れた神は弱っていくのではありませんか?」


「あら、賢いわね」


 ペルセポネーは歯牙にもかけていなかった女性を見直した。マッカネンは人を見る目は確かではあるだろうが、物事をよく見ている。


「そう、八百万の神も、ガングニールの任務にはローテーションを組んで当たっているの。1万近い神が所属しているけど、眷属を持って活動するのは100柱。常時活動の魔法少女は100人程度よ」


「他の神々は信仰の地でお休みに…?」


「そうね、逆に信仰を広めようと開拓に勤しむ神がいるとも聞いたことがあるわ」


「アグレッシブですねえ…」


「ペルセポネーは」


 ずっと黙っていたクレアが口を開いた。


「私が死んだら、ローマに戻る?」


「どうかしら…ね?」


 場がしんみりする。戦場で、刹那的に生きる魔法少女たち。クレアは、その終わりをイメージしているらしい。


「もう15年、魔法少女をやっているから、私にはそろそろお迎えが来てもおかしくない」


 眷属…魔法少女の平均寿命は35歳。初陣で戦死する少女がいれば、70歳近くまで生きて燃え尽きるように亡くなる少女もいる。クレアも当然、後者を目指していはいるが―――


「今回は楽だったけど、次は分からない。オウカも覚えておきなさい。あんな弱い歪みは滅多にいない」


 家一個を潰して満足していた彼とは違い、時折現れる強大な歪みは町1つを容易に消し去り、なおかつ魔法少女10人がかりで立ち向かっても勝敗が分からない。「大禍大いなる災い」と呼ばれる、強大な祟り神だ。


「大禍が来て、たった独りで戦うことになっても、何とかしなきゃいけない。私たち以外に、歪みと戦える者は存在しないのだから」


 クレアの言葉を受けて黙り込む一同。桜花には覚悟が足りなかった。少なくとも、明日にでも死ぬかもしれないという、悲壮感は無かった。圧倒的な力を得た高揚感だけが彼女を支配していた。

 やがて、着陸動作を取るように放送が流れ、輸送機はブルクゼーレ近郊の空港に着陸した。

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