第44話 おれは男?だ!(前編)

 神の眷属として、魔法少女になって結構な時間が経った。だが、この俺、佐倉桜花には譲ってはいない一線がある。


「おれは男だから!」


「はいはい」


 未だに、自分が女の子になったことを認めてはいない。正確には、自分で自分の女の子を感じさせる部分に触れてはいない。胸とか、お尻とか―――


「でも、局部だけは…仕方ねえ…」


 排せつ物の処理だけは他人にさせられない。それは自分でやっているのだが、どうにも感覚が違う。


「なんで小便を拭くだけでちょっと気持ち良くなってんだよ、おれ!?」


「まあ、そうなるよね」


 何度目かも忘れた桜花の訴えに、小夜子もいい加減に面倒になって来たらしく、対応がおざなりになっていた。


「でも、竜天さま。もう桜花ちゃんは元に戻れないんでしょう?」


「うむ。何から何まで、全て作り変えたでな」


「竜天のバカー!」


 桜花は竜天の小さな体を握りしめ、嘆く。竜天は実は苦しくないらしい。困り顔で小夜子の方を見ている。


「でも、役得あるよね?」


「や、役得?」


 何のことだよ、と桜花。小夜子は桜花の目線に気づかないほど鈍くはない。


「共同浴場で、私の裸、結構見てるよね?それに、たまにやって来る他の子も」


「ぇ、そ、それはぁ…」


「桜花ちゃんが男の子だって言い張るなら、そのことを公表しないといけないね…お風呂で公然と除きを繰り返してた変態さんです、って」


「う、うう…」


 まあ、その目線になってしまうこと自体が、彼女の自意識がまだ男性であるということの何よりの証左になるのだが…


「だって、男なんだもん…」


「じゃあ、隔離するしかなくなるよ?」


「うう…」


 独りは寂しいらしい。小夜子としては、桜花には自分が男であることを捨てるまではいかなくとも、自分の体が今は女性で、それに沿った振る舞いをすることが求められることを、認めさせなければならない。


「桜花ちゃん。いきなり体が女の子になったのは厳しいと思う。けど、人間っていう存在の社会性は肉体の性別によるものなんだよ。桜花ちゃんだって、男の人が自分のことを邪な目で見てきたら嫌でしょう?」


「そりゃ、まあ…」


「今の桜花ちゃんは、同姓を邪な目で見る怪しい女の子なんだよ。事実、クレアちゃんなんかはもう怪しんでるよ。あの子は鋭いから」


「小夜子ねえ、おれ、どうしたらいいのかな…?」


「とりあえず、自分の体と向き合おうよ。さあ、裸になって」


「え、え?」


「写真を撮るの。それを元に、絵を描くんだよ」


「なんで!?」


 桜花は仰天する。なんで、自分の絵なんか…?


「そうだね、まずは自分に向き合うこと。自分の体はこうなってるんだって、写真を見て絵にすることで理解するの。後は対話だね」


「対話?」


「そう、写真の中の女の子と、心の中の男の自分と対話するの。ある意味、暴露療法だね」


 実際には全然違うが、隠しておきたい自分をさらけ出すという意味では暴露している。ゆえに、小夜子はそう名付けた。


「暴露…自分の体と、対話…」


 桜花はぶつぶつ言っている。その間に小夜子はカメラを借りてきて、準備はばっちりだ。


「ほ、本当にやるの?」


「うん、やるよ」


 早く!と小夜子に急かされ、桜花は大急ぎで服を脱いだ。一糸まとわぬ姿になる。


「うんうん、綺麗だよ。この年代の女の子しか持ち合わせない感じ。分かるでしょ?」


「分かるけど…分かるけどおっ…」


「手はそのままでいいよ。局部を書くのはまた今度ということで」


 パシャッ!と写真を撮り、人には見せられないので小夜子が自分で現像する。


「はい、どうぞ」


「これが、おれ…」


 渡された写真に収まっていたのは、明らかに女の子の佐倉桜花だった。恥ずかしそうに、腕で胸と局部を隠している。


「よーし、次はその写真を元に、絵を描いてみよう!」


 鉛筆一本、線画で良いからと桜花は筆を取らされた。

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