第45話 おれは男?だ!(後編)

 写真に収まる自分の姿は、思った以上に羞恥心を煽るものだった。


「うわ…」


 かなり扇情的な姿だ。自分に男のものが付いていれば、写真を握りしめて即トイレに籠っただろう。しかし、今の桜花は花も恥じらう乙女なのである。この写真でどうこうしたいというより、自分がその姿をさらしていた羞恥心が勝る。


「健康的な肌だよねえ…スタイルも抜群だし。桜花ちゃん、これは描き応えありますよぉ?」


 小夜子が囁く。褒められても何も嬉しくない…


「こんちわー」


 タイミングが悪いことに、エイレーネーが入って来た。雰囲気から察するに、遊びに来ただけらしい。


「何してんの?」


 いつもは仲良しの義姉妹が押し合いへし合いしている様子に、興味を持ったエイレーネー。近寄って来る。写真が目に入る。


「み、見るなあ!?」


「おー、こりゃ」


 ヘンタイ♪とご機嫌そうに笑う。今日は相当、調子が良い方なのだろう。


「そんなに元気なら、仕事探して行って来いよ!?」


 エイレーネーにまで自身の恥ずかしい姿を写した写真を見られ、桜花の羞恥心とプライドはもう一杯一杯のところまで来ていた。


「ん?でも、そんなもんどうすんの?10年後もあたしらはこの姿だぜ?」


「それはね?」


 小夜子が軽く事情を説明する。あくまで、桜花が男であることはぼかして。


「はあ、体の性と心の性が一致しない…そんな病気?みたいなのがあるんだなあ」


「そうなんだよ。だから、桜花ちゃんは昔からずっと自分のことは『おれ』って言ってるの」


「まあ、そーいうこと…」


 非常に釈然としないが、そういうことにしておかないと、「神様パワーで体だけ女の子です」などと通用するわけがない。


「まだまだ、女の子になるための修行中なんだよ、桜花ちゃんは」


「そんなん…別に、修行とか治療とか要らなくねえか?」


 エイレーネーの考え方は、開明的だ。ターキッシュは別にそこまでジェンダーの思想が進んだ国ではないが、彼女個人は別だ。


「体が女で心が男だあ?それじゃあ男として生きれば良いじゃねえか。別にあたしは困らねえし」


 彼女が強い存在だから言えるセリフではある。しかし、その考え方は、桜花にとって心強い味方となるものである。


「別に、オウカがいきなりあたしの太ももにきったないブツを擦りつけてくるわけでもないんだろ?無論、そうなったらぶっ刺すけど」


「しねえよ!?」


 例え俺が男だった時でもそんなことしねえよ!と誓って言う。男だ男だと言っても、猿ではないのだから。


「小夜子さんを傷つけるわけでもなし、気にしない気にしない」


「お、おう…」


 コイツ、普段はこんなに寛容な奴なんだよな…と桜花は思う。キレたら暴れたい放題だけど。


「というわけで、小夜子さん。無理に治療なんかしなくていいだろ?コイツは」


「うーん、でも」


 小夜子も、彼女個人がどうこうというより、桜花が社会に上手く溶け込めるように少し矯正を加えようとしているだけで、桜花の本性を捻じ曲げたいわけではない。理解者がいるなら、それで良いとは思う。しかし―――


「煮え切らないなあ」


「だって、桜花ちゃんはまだ50年以上生きるんだよ?」


 その間ずっと、体と心のバランスを欠いてしまっては…と小夜子は案じる。


「大丈夫!四の五の言う奴はあたしがぶっ叩いてやるよ!」


「ぼ、暴力はダメだよ!?」


 法律で決まっているし、後のことを考えても魔法少女同士での暴力はダメに決まっている。


「いや、殴るかどうかは分かんねえ。けど、言って分かんねえ奴とはどっちが上か明確にして分からせてやる」


 実際、エイレーネーは小羽ら特別な一握りを除けばかなり強い方だ。魔法少女の最強は決定戦などしたことがないから分からないが。


「殴り合わねえと、分かり合えねえ!」


 それがエイレーネーの持論である。ただし、彼女がこの意見を持てるようになったのは、小夜子のおかげであった。


「そんな暴力的な教えはしてません!」


「分かり合おうか、って気になれたんだよ」


 魔法少女として生きる苦しさ、孤独さに心を閉ざしたこともあった。それを、小夜子に励まされて、もう一度、人と馴れ合ってみようと思い始めた。そして、悩んでいる桜花がいた。


「だったら、あたしが味方になってやるよ」


 男らしくしていたいんなら、それでも良い。エイレーネーはそれだけ言って、部屋を出て行った。

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