第3話 おれは出会う
「きゃ、グッ!」
突然の天変地異に、安藤は叫び声を上げそうになった。だが、それは彼女の職業意識が許さなかった。
「佐倉さん、安心してください!私がいますから!」
自分に言い聞かせるように、安藤は叫ぶ。患者の前でみっともない姿をさらすわけにはいかない。しかし、佐倉は違う一点を見つめていた。
「安藤さん、逃げろ」
「えっ」
「助けなんて要らない。逃げろ。病院とは違う方向に…」
ようやく、幾分かの余裕が戻ってきた安藤は病院の方を見て仰天した。
「なに、あれ…?」
巨大なトカゲのような―――絵でよく見る伝説の龍のような姿の怪物。地上から頭まで20メートルの高さ。
そんな怪物の姿をした脅威が、木造の病院建屋を破壊し尽くそうとしていた。
「ギャア…ギャアアアアアアアアィ!」
その咆哮は地を揺るがす。
「安藤さん、あいつは病院に夢中だ。今の内だ。とにかく逃げろ。走れ!」
「そ、そんな…佐倉さんは…」
絶望感に打ちひしがれながらも、彼女の職業倫理は揺るがなかった。患者さんを置いて自分だけ逃げるなんて。
やがて、龍の姿をした怪物は、建屋を破壊し尽くした。安藤は迷わず佐倉の右肘を引っ掴み、自身の首の後ろに回した。
「安藤さん!」
「に、逃げましょう!追いかけっこは得意なんです…?」
子供の遊びではない。命がけの大勝負だ。しかも、分はかなり悪い。
「俺なんか放っとけ!」
「い、嫌です…!」
自分は安藤にとり良くても足手まとい、ただの邪魔だ。五体満足なら囮にでもなんでもなってやれるが―――
「俺なんか、もう何も国のお役に立たん。しかし、君は」
見捨てるように説得するが、安藤は震えながらも手を放さない。怪物の目が、こちらを向いた―――
「汝、力が欲しいか?」
「は?」
怪物が自分たちを認識した時、安藤以外の声が聞こえた。まさか、あの怪物の…?
「似たようなモノだな。だが、違う」
佐倉の疑念に答える姿なき声。彼らの問答は、安藤には聞こえていないように見える。
「ワシは神獣・
「神獣…竜天?」
知らない単語ばかりが出てくる。そして、佐倉が待ちわびた一言が出てきた。
「隣の娘を助ける手助けができる」
「な…!?」
どうやって、あんな怪物と?佐倉の頭の中に疑問符ばかりが浮かぶ。
「助けとうないのか?助けが要らんなら結構だが…」
「助けたい!」
思わず、声に出した佐倉。彼を支えて歩き出していた安藤はビックリして彼の方を見やる。
「え…?」
佐倉の体がまばゆい光に包まれていた。綺麗な山吹色の光―――
「キャッ!?」
光が極まると、彼女は弾き飛ばされた。しかし、何か柔らかいモノに受け止められ、ゆっくりと地面に降ろされた。そして、安藤看護婦は自身の目を疑う光景を目にした。
「なんだ、この光は」
突如として自身が発光を始め、強い力が安藤を弾き飛ばした。だが、彼女は怪我一つしていない。
「一体、どうなって」
「案ずるな、人の子よ」
頭の中の―――竜天の声は次第にはっきりと、耳からも聞こえるようになっていた。
「少し、汝の体を弄っておる。手足が無いのは不便だろうからな」
「え…」
幻肢かとすら感じるほどに、唐突に右肘と右膝から先の感覚が戻ってきた。やがて、本当に肉体として生えてきた。
「えっ…えぇ…?」
彼の身に起きた変化は、安藤も逐一目撃していた。彼女の知識からすればあり得ないことだった。光の中で、既に断たれたはずの四肢が再生していく。それに―――
「体型が…!?」
佐倉の髪は長くなり、胴体や手足が細くなり、まるで別人のものに変わっていく。
「女の子…」
「アッ…!?」
安藤の呟きと、佐倉の口から漏れた艶めかしい吐息は同時だった。
「どうなっているの…!?」
眩いまでの山吹色の光は、次第に収まり始める。光が消え失せた時、その中心にいた男の姿はそこに無く―――
「俺、は」
サイズの合わない兵隊服を身につけた、可憐な少女がいるのみだった。
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