第36話 おれは指導する(後編)

 サラの一撃により、イカの歪みは色褪せ、固まった。核を失い、枯死したのだ。


「―――え?」


 アデライードは驚きと共にその光景を見つめていた。あの魔法少女最弱とも言われたサラが、単独で歪みを討伐した―――


「や、やりました!やりましたよ!桜花さん!」


「やっぱ、やればできたな!」


 満面の笑みを湛えて、サラが走り寄って来た。アデライードを心配そうにのぞき込む。


「…大丈夫、ですかあ?」


「アンタに心配されるなんて、あたしも落ちたもんだわ」


 サラの心配に、憎まれ口で返す。こうした方が、相手は心配しないだろうという、アデライードなりの気遣いである。他の2人も、そうした心中を察してか、反応を返す。


「もう弱々じゃないです!強々のサラです!」


「いや、普通くらいだろ」


「桜花さんまで!」


 ひどい!と抗議するサラに支えられながら、アデライードは身を起こした。


「とっとと、歪みを処分するわよ…寝てばかりいられないわ」


「言うだけはあるぜ」


 それから1時間、桜花たちはイカの体を切り分け、砕きを繰り返した。そこではサラがさらに輝いて見えた。


「そりゃそりゃそりゃ!」


 あっという間にイカの巨体が切り分けられていく。手際が異常に良い。


「勝てなくても、せめて後始末はって思って、いつもやってたんです!」


 この作業には非常に自信があるようだ。目にも止まらぬ速さでイカがバラバラになっていく。結果的に、いつもは3時間かかることもある解体作業が1時間ちょっとで終わった。




 出発まで遊んでいることしかできない魔法少女3人は、なんとなく黒海を望んで、並んで座っていた。


「で、何か言うことあるんじゃないの?」


「な、何よ」


 突然、持ち出された話にたじろぐアデライードを尻目に、桜花は催促する。


「舐めててスンマセンって、サラに言わねえとなあ?」


「ええっ、良いんですよそんな!」


 桜花はニヤニヤとアデライードを見、サラは良いんですよ良いんです!ととりなそうとする。彼女自身が弱かったのは事実だ。


「ム…」


「ホレホレ、人は思い切りの良さが大事だろお?」


「悪かったわよ」


 桜花はもちろん、サラの方も見ないまま、アデライードは詫びた。


「私たちが色眼鏡で見てただけだったわね。アンタはいつでも、力を示してた」


 今なら分かる。5分とかからず後衛が助けに入るというのは、彼女が見せる紙一重の戦いがあまりに余裕のないものに映ったから。適切な援護をしてやれば、防戦一方ながらも拮抗状態に持ち込める。そして、後衛が隙を見つければ一気に態勢は覆せる。


「…そう言えば、今までの後衛―――」


「ま、雑魚ばかりだったな」


 雑魚は言い過ぎにしても、アデライードと同じくらいの、キャリア10年程度の名前が並んでいた。せめて、20年以上の大ベテランが一度でも面倒を見てやっていれば、何か違ったかもしれない―――


「こいつはこれからはちゃんと、自分で説明するよ。ちゃんと見てくれって…な?」


「はい!」


 自分はこういう戦い方をするから、それを考慮に入れて欲しい。その主張が、サラに足りないものだった。




「桜花さん、小夜子さん!」


 あれから、サラは桜花と小夜子がいるところに良く現れるようになった。


「お前、ストーカーになったのか?」


「ちっ、違いますよお!」


「ふふふ」


 自分を見出して、信じてくれた相手に懐くのは当然だよね―――小夜子はそう思わずにはいられない。だって、自分もその1人なのだから。


「こんなところにまで来ちゃったしね」


 故郷を遠く離れて、看護婦という職業も捨てて、カウンセラーの勉強を一からし直している。それでも、サラを救えたように(実際に救ったのは桜花だが)、看護婦にこだわらなくとも、今の自分には果たすべき役目がある。


「ありがとう、桜花ちゃん」


「おお、サラのこと?」


 ううん、全部―――そう言おうとしたが、言わないでおくことにした。感謝の言葉は、自分の人生が終わる時まで取っておこうと…そう思った。

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