第37話 おれは話す(前編)

 それからしばらく、桜花は変わり映えのしない日々を送った。小夜子の部屋に入り浸り、サラが行くところどころに現れ、元気な時のクレアやエイレーネーとも親しく話して―――といった日々である。


「オラァッ!」


 歪みの討伐も、もう慣れたものだ。「ルーキーだけど…」のルーキーも徐々に薄れ、「頼りになる後衛」と認識されるようになって久しい。万事順調。


「なんだけどなあ~」


「思った以上にはよ来たな?」


 食堂で食事を摂っていた小羽の隣で、最近のことをだらだらと話す桜花。彼女なら、この何とも言えない気持ちの正体を知っている気がしたのだ。


「何だよ、思った以上にって!」


 やっぱり知ってた!と桜花は頭を上げた。早く教えてくれ、と催促する。


「それはな、平穏な日常に対する飽きや。いきなり神の出来損ないと戦うことになった非日常。それにもやっとこさ慣れて―――どうする?」


「なるほど…」


 つまり、自分は今、戦いとは背中合わせながらも「平穏な日常」を過ごしているのだ。安心したような、納得の行かないような。


「なんで、平穏な日常になって気持ち悪く感じなきゃなんねんだよ?」


「今までは脳内麻薬アドレナリンっちゅうのがドバドバ出とったからなあ…でも、平穏な日常って奴はそれを押し止めるんやな。そうすると、喪失感が来る」


「喪失感」


 喪失?何を失った?


「家族や。故郷もやな。年頃の娘が自分の生活の中心やったモンと切り離されて、戦いばかりの日々にも慣れて―――さあ、何が残る?」


「家族、故郷―――」


 もう二度と顔を合わせられないし、郷土を踏めない。確かに、驚天動地の出来事には違いない。


「この気持ち悪いのは、喪失感なのか」


「まあ、今までの魔法少女はそうやったな。あてもそうやった」


 小羽も魔法少女歴50年ともなると、この手の話はたくさん聞いてきた。その解決法は忘れること。時が解決してくれるという奴だ。


「もう、笠置に帰っても知っとる顔はおらん。浦島太郎みたいなもんやな」


「おれは佐倉太郎、か…」


 そうは言わないが、佐倉太郎は既に、公式に殉職したことになっている。佐倉桜花という存在は、魔法少女だからその曖昧さが許されている。


「っちゅーか、そういう時こそ、小夜子の出番やろ。あてとダラダラ喋っとらんと、あの子に話してきーな」


「う、うん…」




 さて、隣室の小夜子の部屋まで来た。後は扉を叩くだけなのだが―――


「なんか、急に恥ずかしいな…」


 扉の前でたじろぐ桜花に、扉が開いた。


「小夜子さん、ありがとうございました」


 そう言って一礼するのは、2階の端っこに住む魔法少女だ。たまに暴れているのを見たことがある。


「またいつでも来てね!あれ、桜花ちゃん」


 いらっしゃい、と微笑む小夜子に、桜花も相談をしてみたくなった。


「話、聞いてもらえないかな…?」


「うん?いつもしてる話?」


「雑談とかじゃなくて…」


 ちゃんとした相談…と桜花が言うと、小夜子もなるほど、と頷く。


「その時が来たんだね」


「その時?」


 小夜子は桜花についての警告を小羽から受けていた。曰く、桜花はどこかで思い悩む時が来る、と。


「あの人、守備範囲広いなあ…」


 見えている範囲の広さ、フォローの手厚さ、抜かりない―――


「だから教官って慕われてるんだね」


「だな」


「その様子だと、小羽ちゃんとは話したんだね?なんて言ってたの?」


「喪失感だって。家族とか、故郷とか―――」


 でも、それは小夜子だって同じはずだ。彼女も同じ気持ちでいるのだろうか?


「私は…あんまりかな。桜花ちゃんが放っておけないから」


「おれが?」


「うん、いつも心配。何事もありませんように、っていつもお祈りしてる」


 そうして見せてきたのは、1本の木の枝だった。


「これは、桃花村の木の枝だよ。竜天さまの力の中継地点になるの。これに、いつもお祈りしてる」


 小夜子の覚悟はとっくに決まっている。桜花だけを家族として愛そうと。

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