第32話 おれは聞く(前編)
桜花はその後も「心身健康な魔法少女」として相次いで2戦目、3戦目に送り込まれた。
「世界旅行の連続って、疲れるな…」
アル=マグレブに言った時点では初任務ということもありワクワクドキドキもしたものだが、普通の歪みをただ屠るだけだった2戦目や3戦目は消化不良感さえ残るものだった。ただただ疲れるだけだった―――
「生きて帰ってくれた。良かったね」
そんな桜花の頭を、小夜子は撫でている。小夜子のメンタルコーディネーターとしてのセラピーは盛況なようで、エイレーネーやクレアの様子を見た何名かの魔法少女が彼女の元を訪れている。
「みんな、泣いてた…誰も分かってくれなかったって。確かに、戦場まで行くカウンセラーさんは少ないかも知れないね」
小夜子は歪みとも対峙したことがある。それが、「分かってくれている」感じを魔法少女たちが抱く元になるのだろうか?
「女の子って、大変なんだな」
「あなたも女の子でしょ」
「体はな!心は今も大和男児だ!」
今も心は大和男児。決して、女の体に屈服してはいない!というのが佐倉桜花の持論である。
「はいはい、太郎君太郎君」
「ぐぬぬ…」
佐倉太郎と言われても、それはそれで今の見た目としっくりこない。彼は彼で、性自認が今後の課題だなあ…と思う小夜子である。
「最近、カウンセラーの勉強してるんだって?」
「うん、通わなくても大学の心理学の勉強ができるんだって」
国際連盟が運営する職員向けプログラムの一環である。心理学士を取れるカリキュラムが組まれていた。
「ちゃんとした講義はブルクゼーレ市内でやってるから、通うこともできるしね」
「頑張ってんなあ」
「お互い様だよ」
いきなり大禍と戦うことになったと聞いた時は、肝が冷えたなどという心境ではなかった。心胆が凍り付き、何も分からなかった。それほどの衝撃だった。
「いつかは戦場で斃れる。でも、それは『いつか』であって欲しい…」
偽らざる小夜子の本音だった。
「コンコン…」
小夜子の部屋の扉が叩かれた。この叩き方は、ガングニール職員ではない。彼らはもっと響くように叩く。魔法少女の扉の叩き方は、とても控えめで弱々しい。小夜子は急いで扉まで、出迎えに行く。
「いらっしゃい!」
「あ、あの…」
訪れた魔法少女は小夜子にとって新しい患者らしい。桜花は両者の掛け合いを聞きながら、伸びをして出ていく準備を整えた。
「待って、桜花ちゃん」
「ん?」
これから内緒の話するのになんで?と聞いた桜花に、小夜子が手を合わせる。
「あなたにも意見を聞きたいの!」
「はあ?」
おれに?何の意見?ととりあえず、さっきまで腰かけていたベッドに座り直す。
「えーっと、サラ・メルズーガさん…あった」
小夜子は膨大な書類の束から、目の前の少女の写真が張り付けられた帳簿を取り出す。彼女は、長官命令で複製された魔法少女の個人情報簿を預かっていた。
「戦う自信が無くなった…という話ね?」
「はい」
戦う自信…?そんなもん、戦う内に付いてくるものであって、無くなることなんてあるのか…?桜花が疑問に思う中、サラは口を開いた。
「私は…弱くて。斧の魔法箒を与えられたから、前衛をやっているんですけど、弱くて、後衛の人にいつも助けてもらってて―――」
個人主義のガングニールでは、個人の実力は立場に直結する。彼女は魔法少女のピラミッド(概ね、最初に世話になる教官であり、実力者の朝比奈小羽が頂点に位置する)の最下層に位置する、と実感しているのだと言う。
「どうして、そんなこと思うの?確かに、ちょっと威張ってる子はいるけど―――」
威張っているというか、ガングニールに自信家は多い。ルーも最初はそんなタイプだと、桜花は思っていた。
「私は、何の役にも立てなくて、ダメダメなんです…」
ここまで自信の無いってタイプも珍しいな―――と、桜花は新鮮に思った。
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