Chapter.30 図書館制圧作戦

 図書室から見て魔物がいる位置に一番近い扉は、回廊から見て、奥から三番目の扉となる。


 エントランスまで大体距離にして二十五メートルほど離れた扉だ。


 作戦内容は誰か一人が三番目の扉を開け放ち、注意を引いて魔物を回廊のほうへ誘導する。そしてエントランスまで逃げ切る。


 続いてエントランス側の扉に待機する人が魔物だけをその場で締め出す。


 その間、開け放たれている三番目の扉は図書室のほうから回って封鎖。こうすることで魔物は回廊に閉じ込められる。

 そんな作戦で、さて行けるかどうか……。


「あたしがやればいいんでしょ」

「お願い出来る?」

「うん」


 意外にも北斗さんは、素直にこの作戦の誘導係を引き受けてくれていた。


 協力的でいてくれる北斗さんに感謝しつつ、僕がエントランス側。東雲さんが図書室内の三番目扉を封鎖する係を務めることになった。


 魔物は依然として同じ場所にいる。こちらに気付いている様子もない。

 覚悟を決めたような顔をした北斗さんが、三番目の扉の前で待機する。


 僕は両手で大きな丸を作って指示を送った。


 ―――――一拍置いて、バン! と三番目の扉が開いた。


 そして流れる爆音のJ‐POPサウンド。これ男性アイドルグループの有名なやつじゃなかっただろうか。懐かしいけど、思わず東雲さんと顔を向き合わせて苦笑する。


「そんな注意の引き方ある!?」


 魔物がキュゥゥウウウ、という威嚇をした。物陰から姿を大きく表し、飛び付くように北斗さんを追う。

 魔物の正体はクソでかネズミだ!


「ひぃいっ!」


 サビを垂れ流すスマホを握りしめて北斗さんが一目散に二十五メートルを全力疾走する。


 L字の突き当たりの場所で様子を伺っていた僕には、北斗さんの必死な顔と続く魔物の獰猛な前歯、敵意に満ちた目、涎を撒き散らして北斗さんを襲わんと追いかけるその化け物じみた姿が見えて、顔を引き攣らせながら扉のほうへと一足先に避難した。


 東雲さんは魔物が図書室から出ていくと同時に三番目の扉を封鎖しに向かう。


「早くおいで!」

「南田どけェええええええ!」


 呼びかけると鬼の形相で応えられる。

 引き扉を全開にし、僕はいつでも締め出す心構えをしながらタイミングを伺った。ちょっとずつ最大音量のJ‐POPサウンドが近付いてくるのを目安にしながら、僕の隣を北斗さんが通り抜ける―――間髪入れず、僕が扉を塞ぎ込む!


「ふっ!」


 グッと踏ん張るように、体重を乗せて扉を閉めた。

 ゴンっと力強く衝突した魔物の勢いに負けそうになりながら、必死になって扉を抑える。


 ……まずい。押し返されそうだ。薄い扉越しに魔物の存在感をヒリヒリと感じて、肌が粟立つような体験をする。


「北斗さんそこの椅子ッ!」

「はっ、はいはいっ!」


 受付のソファを引き摺って扉の前へ。重たくて大変そうだけど、だからこそ閉じ込めるのにもってこいだから、早く、お願い!

 僕が精一杯時間を稼ぐ。北斗さんに協力してもらいながら、やっとエントランス側の通路を封鎖することに成功すれば。


「あっち!」


 そう、まだ休むことが出来ない。駆けつけるように東雲さんのもとへ向かう。

 東雲さんは軽めの木材椅子をドアノブに噛ませるようにして封鎖しようと試みていた。魔物の力強さを直に体感した僕としては、それだと心もとがないので、すぐそばのテーブルを先ほどと同じ要領で動かして封鎖する。


「っ、ふぅ……!」


 これで問題はないだろう。

 しばらく、扉越しに魔物のキュウキュウとした鳴き声がしていたが、しばらくすると静かになった。


「おつかれさま。ありがとう玲奈ちゃん」

「このくらいならあたしだって出来るわよ」

「うん、ありがとう。北斗さん」


 ……照れ顔だ。珍しい。

 ツンツンとして顔を背ける北斗さんを面白がるように笑いながら、息を整えて休んだ僕らは改めて図書室のなかを見渡す。


「……これで、ミッションクリアだね」


 ずらりと立ち並ぶ本棚の数々。僕らは図書館を占領することに成功したのだった。

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