第九話 離別

Chapter.28 東雲悠人の日記

 ――つらつらと語られる、東雲悠人の異世界譚。


 彼らに命じられたのは悪魔宗教の壊滅だったが、当時の彼らには支援もなければ理解もなく、活動はひどく難しいものだといえていた。


 僕たちにとって見ればこんなブサイクな謎生物として姿を表すし、フランクに会話が出来てしまう神様なのだけども、それは決して一般的ではなく、どころか神様はこの世界の人間と関わることがほとんどなかったのだそうだ。


 あくまでグロウシアという土地は神様にとってのホームであっただけで、悪魔宗教がいずれ世界を滅ぼすだろう、という事実を知るのも神様しかいなくて、それを一方的に聞かされて『止めろ』と命じられていたのも先代だけだった。


 つまり協力者はいない。当時の彼らは、グロウシアにおいて異端のように扱われた。


 修道院に預けられたのも先代たちがただの金のないホームレスだと思われていたからで、神様がなにか、例えば啓示を出してとかのバックアップをしてくれていたわけでもないらしい。


 そんなわけで、彼らが悪魔宗教の壊滅に乗り出せるチャンスはあまりない。

 悠人さんの葛藤や、苦悩というものが強く滲む日記だった。


「そりゃあ、無茶だ」


 悠人さんはこうも書いている。


〝神なるものは我々にテロリズムを求めている。道徳や倫理観の一切を切り捨てて、この世界の人間のために一時的に汚名を被れ。いつかは英雄視されるだろうと?〟


〝ふざけないでほしい。そんな責任を押し付けるな〟


〝異邦人だから痛手ではない。所詮は夢の中の話なのだからと、割り切ろうとは試みているが、もしも実行したその日には我々は一生消えない罪の意識を心臓の裏に負い続けるのだろう〟


 ……神様に与えられた力の詳細は分からないけど、曰く、なんでも可能だったという。


 星一郎さんはこの世界を便利にした。秀樹さんは徐々に溺れてしまった。悠人さんは一番慎重でありながら、現実世界に帰りたいと力以外で尽力しようとした。そんな悠人さんのために、お母さんは唯一積極的に力を振るうことを選んだ。


 先代とは仲が悪かったのもあるんだろうけど、それを一方的に暴虐と呼んだ神様が僕はちょっと嫌いだ。


「先代って、じゃあなにも悪くないじゃん……」


 北斗さんが言う。

 僕もそう思う。


 ……対して。


 災厄の四人とは、悪魔宗教の支援や先導を行なっていた国家王族などを指す。


 グロウシア第二王子。親睦国の女王殿下。

 宮廷魔術師ニバス。悪魔教元帥。


 この世界を終末へと導いたのは、以上四名の極悪人である。


 ――先代は、彼らの計画を阻止するために神様により遣わされた使徒であると。


 まとまりは決して良くない。

 命じられた内容にも、乗り気な姿勢には決してなれない。


 東雲悠人の日記、最後のページには、汚染を阻止出来なかったことの後悔が記されている。動物は魔物に変質していき、人を襲うようになり、〝奴ら〟は人々を簡単に飲み込み、伝承の通り神の色である赤色を強く憎んでいた。


 地上は阿鼻叫喚と化す。毒が、文明を侵蝕する。

 崩壊していく秩序に、僕たちの先代はその力を宗教撲滅ではなく人類の防衛のために行使することを覚悟する。


 日記はそこで終わっていた。切り取られたページ跡と先程の手紙は噛み合うため、神様が言っていたように、置き手紙としてこの二つを宿に残して去ったのだろう。


 もちろん。

 僕たちの親は全員存命している。当たり前だ、これは二十年前の話で、帰ってきてからの彼らが僕たちを産んでくれているのだから。


 だから、不安はないし、何遍も言うけど昔の話。僕たちの知る親は至って普通な、叱って、笑って、教えて、泣いてくれるような人たちで。


 ――でも、そんな人たちがこの日。この瞬間。

 死んでもおかしくなかった。

 その事実が、どうしても胸をゾワゾワとさせる。


「ッふざけんなよ」


 西條くんがイラついたようにそう吐き捨てた。気持ちは分かる。

 けれどスッと立ち上がる彼に嫌な予感を覚えてしまい、慌てて僕は呼びかけた。


「西條くん」

「なんだよ」


 睨まれて、思わず目を逸らしてしまいつつ。

 でも萎縮するような東雲さんと、なぜか縋るように僕を見てくる北斗さんと目があってしまって、僕はもう一度西條くんの方を見る。


「……ダメだよ」

「なんだよ。無理だろ? 俺はコイツに協力出来ねえ」


 沈黙を貫く神様を、鬱陶しそうに見ながら西條くんがそう吐き捨てる。


「………」


 いまの時間はもう夜だ。初日、深夜に襲撃を受けてしまったことからも、彼をこのまま出歩かせることなんて出来ない。危険が過ぎる。

 止めなければとは思うんだけど、言い聞かせることも出来なくて。


「お前らはそう思わねえのかよ。クズだろこの毛玉」

「言いたいことは分かるけど、協力しなきゃ僕たちも帰れないよ」

「お前もお前でやり方が間違ってんだ。ローテーションとかふざけたこと言って、遊びじゃねえのはこっちだって一緒だろ」

「それは、だって……。………ごめん」


 やり方は、確かに正しくないのかも知れないけど。


「メンドクセェ。俺は一人で十分だ」

「ねえ大河ぁ!」

「大河くん……」


 心臓がバクバクとする。立ち尽くす。仲間割れなんてごめんだ、どうにかしたいけど、口論は僕は不得意で、どうすれば丸く収まるのか分からない……。


 なにも持たずに焚き火のある部屋から問答無用で抜け出してしまう西條くんを黙って見る。北斗さんが僕の方を振り返ってくる。


「どう、するのよ」

「……どうも出来ないって………」


 嘆息だ。立ち尽くしていたような僕は、西條くんの退出をもって糸が切れたようにへたり込む。東雲さんが案じて僕の背中をさすってくれるけど、いつもみたいに大丈夫だよとは空元気でも言えそうにない。


 神様はずっと静かなままだ。

 僕は目を閉じて深呼吸する。

 ……大丈夫、冷静に考えよう。

 何かあっても西條くんには残機がある。僕らが神様さえ監視出来ていれば、彼の安全も同時に保証されるはずだから、ひとまずはそれでいい、かも、しれない。


「いいよ。三人でも、続けよう」


 頭を冷やせば帰ってきてくれるかも知れないしね。希望的観測すぎるけど。

 別に彼が協力してくれないわけでもない。一人で十分と言ってくれるなら、甘えるわけじゃないけど信じて、僕らは僕らで僕らのやり方で進めるべきだ。


 僕たちの目的はずっと同じ、先代とだって変わらない。現実世界に帰ること。


 ただその一点なのだから。


 まずはそれを果たすこと。


「……図書館とかあるだろうから、私は調べ物メインで進めるよ」

「今日あたし休みだったし。これからはもっと真面目に探すわよ」


 今日は誰も悪くない。強いて言えば、二十年前の神様が悪い。

 そんな結論で満足しよう。

 悠人さんの日記には、こんな一文もありました。


〝神とは信仰するものであり、決して信頼するものではない〟


 今回の件を受けて、僕らも改めて認識を正したほうがいいのかもしれない。


 …………。

 ………。

 ……。


「そういえば言いそびれたんだけど、木箱の裏にプリンの容器が捨てられててさ。今日北斗さん休みだったんだね」


 ピシ、と彼女が凍りついた。僕はジト目を送る。


「一人で勝手に食べたでしょ」

「だってえええ……!」


 幼女か。懺悔の早い北斗さんに、思わず元気を貰って笑ってしまう。


 うん。西條くんもしかしたら怒ってたんじゃないだろうか。一人だけ勝手にデザートを食べるなんてズルいよ。論外だよ。


 僕も発見した当初はすごく説教したかったけど、日記があったから諦めていただけだもの。

 市販されてそうなプリン。絶対神様から買ったでしょ。あれ。


「今度からはみんなで食べようね」

「はい……」


 しゅんとした北斗さんを宥めるように笑って終わる。

 僕はしゃっきりと気分を入れ替えて、フッと短く息を吐いて。


「それじゃあ今日は休もうか」


 明日はこの世界に来て六日目になる。

 そろそろ、一週間を迎える。

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