Chapter.16 汚染病

 落ち着いたところで、クゥリと目が合った僕は自己紹介を始める。


「僕は南田優斗。その、僕もクゥリって呼んでいい?」

「うん、うん。みんな、呼んで。呼んでほしい。くしし、ユウト、ユウト」

「あたしは北斗玲奈」

「ホクト、ホクト!」

「ちょ、あたしは玲奈のほう! もう、南田の後だから音が似てて間違えられるじゃない」

「俺は大河だ」

「タイガ! にひひ、かっこいい。一番好き。そう、やさしそう」


 ……東雲さんと西條くんの名前への印象入れ替わってない?

 なんて思ってしまいつつ。

 自己紹介に、クゥリは何度も僕らの名前を繰り返す。それがちょっと照れくさくて、僕らは気まずく笑いながら。


「おきゃくさまは、初めて。だから、クゥリは、とても楽しい」

「そっか……クゥリくんは、ずっとここにいたの?」

「うん、そう。クゥリは、クゥリたちは、ずっとずっと、ここにいた」


 極限状態だったんだと思う。少しだけ陰のあるような笑顔でそう言うクゥリに、僕らは沈痛な顔をする。


 こうやって、神様によって今この瞬間だけに呼ばれている僕らとは違い、この荒廃世界で何年何十年を生き続けている人たちは、どれほどの、苦難の数々を……。


 色々と、気になることはあるし、質問もしたい。でも僕らはあまりにもこの世界のことを知らなくて、どこまで詮索してもいいのかすら推し量るのは難しい。

 特に、相手は子どもだし……。

 と、僕らが尻込みしている間に。


『誰が生き残っている?』


 ずっと沈黙を貫いてきた神様が、やっとその厳かな声で問いかけた。

 クゥリは突然毛玉から発せられた重苦しい声に驚きながらも、特段慌てることはなく、なんでもないことのように打ち明ける。


「―――――クゥリと、トルハだけだよ」


 つまり。その言葉に、愕然とした。

 息を呑む。……神様が続ける。


『その者はいまどこにいる』

「あっちの、お部屋。病気だから、おきゃくさまは入っちゃいけない」

『連れて行け』


 厳しい声でそう続ける。クゥリは少し不安そうな顔をしてから、東雲さんの方を仰ぎ見る。そして東雲さんは僕を見るものだから、僕は……神様の考えが知りたくて、重々しくも頷いた。

 東雲さんがクゥリに相談する。


「クゥリくん。お願いしてもいいかな」

「クゥリは、あの子が、大切だから、危ない目には、させたくない」

「私たちは何もしないよ。約束する。絶対。裏切らない。ただ、状態を見せてほしいの」

「うー、うー……………信じる……」


 そうして案内された部屋は、クゥリの部屋の出入り口とは別にもう一つあった扉の先。そこではクゥリの部屋のような雑多な雰囲気などはなく、むしろ梯子部屋に近い印象があった。


 仄暗い部屋。中央に寝台が置かれており、その上には白い髪をしたクゥリと同じくらいの年齢(九歳ほど)の女の子が、荒い息を吐きながら横になっている。

 クゥリは彼女に近寄り、熱を確かめるようにピト、と手のひらをおでこに当てながら、優しく声を掛けた。


「トルハ、トルハ。おきゃくさまだよ。人がいたの。いっぱいだよ」


 痛ましいような、健気なような。

 目を背けたくもなるけれど、背けてはいけない現実の姿。

 神様が彼女の様子をじっくりと見つめ、その何色にも見える目をして問いかける。

 クゥリは彼女がまだ眠っているのを見て、こちらへと向き直っていた。


『症状は』

「血が、黒くなってるの。いまは静かだけど、ふとした時に暴れちゃう。引っ掻かれたこともあるけど、クゥリの血はまだ赤いから平気。クゥリが平気な限り、クゥリたちは、終わらない」


 東雲さんと顔を向き合わせる。彼女は神妙な面持ちで頷いて、僕らは叙事詩の話を思い出す。

 この世界は、なんなんだ。僕らの手に余る気がするけど。

 今更ながらに、その背負い込んだ荷の重さを実感する。


「……クゥリくん」


 東雲さんが声を掛ける。クゥリはそっちのほうに振り向く。

 僕が漠然とした不安を覚えてしまっているのとは対照的に、東雲さんはしゃがみ込み、彼ともう一度視線の高さを合わせてから、きちんと誠意を持って僕らの目的を彼に伝えた。


「私たちはね、こことは違う遠くの場所から、世界を救うために来たの。聖水っていうのを探していてね」

「すごい。すごい。なにそれ。すごい。クゥリよりも、英雄みたい。いいな、ミユキ。タイガ。ユウト。……えっと」

「玲奈だってば」

「そう。レナ。にひひ、にひ」


 ……――本当に。いたずらっ子のように、とても愛らしくよく笑う子だ。

 西條くんが、神様を鷲掴みにしたのとは全く違う形でクゥリの頭に手を乗せる。西條くんは何も言わず、難しい顔をしていたけれど、クゥリは嬉しそうにする。

 東雲さんが、一度瞑目をしたのち、覚悟を決めたように続ける。


「……私たちが、クゥリくんとトルハちゃんを、救いたいと思うよ」


 くししとまた、嬉しそうに。楽しそうに。喜びをまるで噛み締めるように。

 彼がそう笑ってくれるから。


 この出会いを機に、改めて。

 僕らの聖水探索は、この王都の地下の拠点をもとに始動する。

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