Chapter.15 現地協力者
「ここ、ここ。見つからない。安全。なにも、危なくない」
そう紹介されたのは、城壁を壁伝いにしばらく移動したところにある、地面に不自然なカモフラージュの施された地下通路への入り口だった。
頑丈そうな鉄製の蓋だ。マンホールのような形で、クゥリはその細い腕でぐっと持ち上げようとするけれど苦戦している。見かねて西條くんが代わってあげると、クゥリはまたどこか嬉しそうにはにかんだあと、数回、飛び跳ねて喜びを表現した。
「毎回こんなことしてんのか、力もないくせに」
「入り口は、守らなきゃいけないからね。くしし」
「……ね、ねぇ南田さぁーあ? ホントに信用出来ると思う……?」
西條くんとクゥリが会話するそのすぐそばで、すごく怪訝な表情をした北斗さんが僕に耳打ちしてくる。僕は苦笑いするように「ううーん……」と頬を掻いて答えた。
「ま、まあ、悪い子じゃないと思うよ」
ただ、不思議な子だと思う。西條くんが開けてくれた蓋に喜び、先ほどよりも大きくぴょんぴょんと飛び跳ねる彼を、少し困ったような表情で見る。
彼が何者なのか正直なところまだ分からないし、毒や魔物があるような世界なのだからもっと用心するに越したことはないんだろうけど、それでも彼が見せてくれる無垢な笑顔を疑う気にはなれなかった。
うん、たぶん。彼は大丈夫だ、と僕は判断する。
「ほら、入って。入って?」
地下通路へ降りる方法は梯子のようだ。ついでに暗くて怖い。
梯子はひどく錆び付いており、不安にもなってしまうけれど、無邪気にも僕らをお先にと勧めてくれる彼にまず西條くんが先行する。
こういう時の西條くんは本当に頼もしい存在だ。僕ら三人には持ち合わせない度胸というか。
先に降り立った西條くんが、安全を確認すると入り口へ向けてサインを送ってくれるので、僕らもあとに続く。
空を飛んでいた謎の魔物からは、見つからずに済みそうだった。
「ここは……」
降りた先は梯子を中央に何も置かれていない六畳ほどの部屋だった。
開いたままの扉が一つあって、そこから顔を覗かせると大きな通路が横に現れる。突き当たりには鉄製の柵があり、その下は本来下水でも流れていたのだろうか、と考察した。
いまでは乾涸びているものの、車一台分ほどの幅をした水路跡がある通路だった。
また、その水路を股に掛けるように橋が何本か架かっており、対岸にはこちら側と同じような通路が存在する。僕らが出てきた梯子部屋以外にも通路には数多くの扉があり(対岸と同じ数)、漠然と「広い!」という感想を覚えた。
こんな地下があったなんて。
それから、通路には木箱やクゥリが羽織るものと似たような麻布の数々。生活拠点としているような雰囲気がそこかしこから感じられて、もしかしたら、ここは仮設のシェルターとして扱われていたのかもしれない。
うっすらと嫌な匂いはあって、東雲さんや北斗さんの反応を案じていると、分かりやすく鼻を歪める北斗さんと必死に堪えるような東雲さんの顔が見えた。
僕は苦笑いで同情する。
これは慣れるまで大変だ……。
「静かに、ね。みんながいるから」
――クゥリが一人ではないのだろうとは、入り口を隠していたりした理由からなんとなく想像していたけれど、改めてそう聞くと気を引き締めるものがある。
クゥリは友好的だけど、他の人たちに受け入れられなかった時がすごく怖いなと思った。
「くしし、くしし。おきゃくさま、おきゃくさま」
鼻歌みたいに、ひたひたと冷たそうな地下通路を裸足で歩くクゥリに僕らは緊張したまま続く。コツンコツンと、シューズやローファーの音が妙に反響する。
閉まり切った扉の数々に、クゥリの言う〝みんな〟はいるのだろうか?
全くと言っていいほど物音のしない静かな地下通路を進んだ先、クゥリは扉の代わりにカーテンとしての布が入り口に掛けられた部屋へと入っていった。
「ここ、ここ。クゥリのお家。クゥリしかいない」
「お、お邪魔します……」
ボロボロの布をくぐる。入り込んだ部屋は広く、僕らは辺りを見渡した。
決して清潔とはいえない寝台に、積み重なるような木箱の数々。中にはカビていそうなパンがあり、果物があり、燻製肉の類もほんの少し残っている。
施設として充実しているわけではないけれど、その日暮らしのサバイバルとしては十分と言える環境なのかな、と思ってしまった。
この荒廃した世界で、今まで生き続けているというなら、本当に尊敬出来るものだ。
クゥリは羽織っている布のフードに見立てている部分を下ろし、その素顔を明らかとしながらも、せっせと手に抱えていた果物を木箱へ移す作業をしていた。
「そ、それさ。毒あるんじゃない?」
実はものすごく気になっていた。
思わず僕はクゥリに質問を投げかける。
あれは、例の果物だ。僕が初めて食べて、その猛毒に死んでしまったやつと同じ、紫色の皮に黄色い斑点のついたバナナのような物体X。
彼は振り返り、少し考えるような素振りをしたあと、その果物を片手にして、
「く、しし、これ、うまい。毒、ない」
「嘘だ……」
僕は実体験としているもの……。
ぐい、と果物を差し出してくれながらもそうやっておすすめしてくる彼に、僕は苦い顔をしてしまいながら。
「種はね、危ないよ。やわらかくて、一緒に噛んだら、じゅわってガスが出る。それでコロって死んじゃう。でも、種噛む人間なんていない。人間は、かしこい」
さりげなく僕の傷つく言葉だ。やめてほしい。
「でも、おバカな魔物は、呑み込んじゃうから。腹の中で溶けて、すぐ死ぬ。きひ、でも、人間はそんなことない。クゥリたちは、安全」
クゥリはその場に座り、手にした果物の皮を捲って中の一房を恐れることなく口に入れた。その様子に僕と北斗さんが一際不安を覚えながら、口から吐き出した種を手のひらに乗せて「にしし」といたずらっ子のように笑う彼を見る。
その姿に北斗さんがぎゅるるる、と隣にいた僕にはしっかり聞こえるくらいの腹の虫を鳴らした。
……なんで僕をバシバシ叩くんだ。まだ何も言ってないでしょうが。
恥ずかしそうに俯く北斗さんに、クゥリがまた、口元を隠した笑い方をする。
「あ、あーっ、お腹、鳴った。面白い、面白い、にしし、これ。食べていいよ。食べて、食べて。沢山あるから。おきゃくさま」
「こ、こんなに大丈夫だよ?」
木箱をバッと傾けてゴロゴロと果物を転がし、一人一人丁寧にどっさりと手渡す、どころか押し付ける勢いでおすそ分けしてくれるクゥリに、東雲さんが代表して遠慮する。うん、こんなにいらない。
だけどクゥリはお構いなしで、それでも上げ足りないような顔をするものだから、協議の末に僕らは一人一つでクゥリから戴くことにした。
「ありがとう」
みんなでその場に座り込み、輪になって果物を片手にする。
北斗さんが嬉々として皮を剥き、不安そうに一房を口の中に放り込んで、慎重に一噛みする。
――すぐに瞳をキラキラとさせた。
「甘っ!」
「……種噛まないでよ? 僕みたいになるから」
自分で言ってて悲しいセリフだ。しかも数分前に人間として否定されたし。
ズーンと肩を落としながら僕も果物を食べ始める。
初めてその果物を目の当たりにすることになった東雲さんと西條くんは、まず見た目に戸惑いながらも続いた。
クゥリはなぜか嬉しそうだった。
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