第五話 少年クゥリナン
Chapter.14 コミュニケーション
「き、ひひ、人、いっぱい。すごい。楽しい」
楽しい、楽しいと何度も指折り数えるように言って、手一杯に果物を抱えながら小踊りまでしちゃうような少年を、僕らはついつい難しい顔で見下ろす。
西條くんは何も言わない。僕らも迂闊には応えられない。
「どこからきた、の。すごい、ねえねえ、教えて」
まだ、小さな子どもだ。とても幼い。言葉の使い方が拙くて、低身長で、体は貧弱そうで、布以外には服もないし、靴だって履いてないし……。ノミの飛ぶような黒髪に、少し浅黒い褐色肌。らんらんとした金色の目は強かに映るが、病的なまでに筋力も体力もなさそうな。
だのに、とてもかわいい笑顔をする少年だと思った。
人から愛される、屈託のない笑顔だった。
僕らに希望を抱いている。そんな、綺麗な目をしていた。
「………」
僕もどうすればいいか分からなくて、西條くんも何も言わないし、北斗さんは不安なのか僕の背中に隠れているし、長めの沈黙に少年が首を傾げるなかで。
東雲さんが、一歩前に出てくれた。
しゃがみ込む。
少年の見上げるようなその視線も、それに伴って下りていく。
「えっと……」
彼女は、言葉に迷うようにしながらもまずはと胸に手を当てて、実に彼女らしい、誠意の籠もった挨拶をすることを選んでいた。
「こんにちは。私は、東雲美幸と言います」
「こんにちは? しのののめ?」
ぶ、っと思わず吹き出しちゃった。顔を背けて咳払いする。
照れたような東雲さんが、こちらを振り向いて僕を叱る。かわいい。
「ゆ、優斗くん! もう……違うよ、私は、東雲です。そうじゃなくて、美幸って呼んでくれてもいいよ」
「じゃあ、み、ミユキ。……くしし、いい名前。いい名前、とても。強そう」
「つ、強そう……?」
独特な感想に東雲さんが戸惑っている。これは、不思議がすぎる子だ。
「君の名前は?」
東雲さんが続けて聞く。そのなかで北斗さんが僕の肩をつんつんと突き、「上、上」と教えてくれるから、ここに来た理由を思い出して西條くんにも耳打ちした。
「く、クゥリナン。いいでしょ? いい名前だ。格好いい。クゥリは、クゥリナンが好き」
そして少年と話している東雲さんにも「そろそろ移動したい」と声を掛ける。
彼女は僕らに向けて頷いたあと、もう一度少年と向き直った。
「とっても良い名前だね。英雄と一緒だ」
「そう! でしょ、でしょ? 誰がつけてくれたのかは、覚えてないけどね! にひ」
「そうなんだ……。………それで、クゥリナンくん。私たちいま追いかけられてて、隠れられるような安全な場所ってないかな」
「あ、あるよ。いいよ。連れてってあげる。おきゃくさま、おきゃくさまだね」
くしし、くししと。まるでいたずらっ子みたいに口元を抑えて、溢れ出る笑みを隠すような少年・クゥリナンに、僕らはぎこちない笑みを返す。
「クゥリのことは、クゥリと呼んで。おきゃくさま」
彼は自分のこともクゥリと呼んでいるみたいだ。
「分かった。ついていくね、クゥリくん」
東雲さんが親しみを込めてクゥリと彼を呼んであげると、ぱぁっと花が咲くような笑顔を見せて、彼は飛び跳ねて喜んでいた。
その時に抱えていた果物の一つが落下し、ころんと転がってしまったけれど、東雲さんが拾ってあげるとクゥリは再び嬉しそうな顔をする。
そして、こちらに確認するように振り返ってくれた東雲さんに、僕らも頷き返して続いた。
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