Chapter.26 手がかり発見

「日本語だ!」

「えっ……!?」


 ――気が動転するのを自覚する。

 内容は日記だった。最後の日付が十一月になっている。毎日付けられているわけではないようで、日付が飛びやすい。


 そのなかで気になる言葉がいくつもある。特に、人の名前だった。


 星一郎。秀樹。叶恵。

 それは、僕たちの親の名前だった。


「よ、読んでみるね……」


 ドキドキとしながら、震えそうな手でページを捲り、一ページ目を読んでみる。

 好奇心が抑えられない。二人、肩を並べて日記を見下ろした。

 日記をつけ始めて一日目は、筆者の想いから綴られた。


〝これは記録の為に付けている。我々が現代に帰ることが可能なのか分からないので、この記録も意味はないのかも知れないが……〟

〝確かに我々が異世界にあったこと。それを記しておきたいと思う〟


「日付は七月……。二十年前のってこと?」


〝神なるものは存在する。私は、突如として異国へと飛ばされた。私一人ではなく、その他にも三人、面識のない男女がいたが、みな帰るべき場所があるのだろう。私は様子を伺うことを選んだが、三人は非協力的だった〟

〝神なるものは、助けを求めていた。この地に蔓延する異教徒を壊滅させて欲しいそうだ〟


「異教……?」


 初耳な話だ。異教、異教、異教。僕は、言葉を反芻して考える。


 ……それは、神様の敵なのか? 汚染の正体か、あるいは原因になったもの?


 疑問はある。気になる中身だ。これは間違いなく、僕たちの先代に当たる誰かが残してくれた二十年前のこの世界なのだろう。

 僕は好奇心のままに読み進めていく。


〝与えられた力は凄まじいものだった。使い方次第では、命を奪うのも容易いだろうが、皆での協議の結果悪用は控えることを決めた〟

〝神なるものの懇願はあるが、人殺しにはなりたくない〟

〝現世に戻りたくば事を成せとは言われているが、誰も乗り気ではなかった〟


「これは、今の僕たちと似てるね……」


 ただしベクトルはまるで違う。誰かの命を奪える力?

 残機三回とは訳が違うし、聞いている限りじゃもっともっと深刻だ。

 息を呑む。


〝降り立った国はグロウシア。初めて耳にする〟

〝治安はいいが戦時中らしく、入国は厳しいものだ。言語は不思議と通じるが、話が通じることはなく、暫くは修道院に預けられる運びとなった〟

〝この国の国教は神なるものの信仰であり、これは異教に該当しない。信仰する神の話を修道女から耳にしたが、それが私たちを召喚した神なるものと同一人物とは思えなかった〟

〝偶像は偶像だから輝いて見えるのだろうな〟


 ………神様ここでも言われているな……。

 思わず辟易としてしまう。どうやら神様は全然変わっていないようだ。


〝飯は合わない。境遇を同じくする、南田叶恵という女は、「私の飯の方が美味いわ」と文句を常々言っていた。ご馳走になる機会があれば、私としてもこの国の料理よりは満足させて貰えるだろう〟

〝その他、北斗星一郎と西條秀樹という男らと、私たちは生活するようになる〟

〝これから我々はどうな〟


「……――初日はここで途切れてる」

「えっ? 何があったの?」

「ちょ、ちょっと待ってね」


 と、不自然な途切れ方をする一ページ目を受けて、東雲さんを心配させないためにもすぐに翌日へと目を配った。

 幸いにも日記自体は続いており、一日目が途切れたことの言及もしてくれている。


〝修道院は夜更かしを許してくれないらしい。まだ書きかけでありながら床に就かされてしまった。これからは昼間のうちに日記を付けるようにしよう〟

〝それと、秀樹は寝相が悪い。私は歯軋りがすごいと星一郎に睨まれた〟


「ほっ……」


 続く文章はあっけらかんとしていて、東雲さんの心配そうな表情がくすりと優しい笑みに変わる。何気ないような文面に、確かに僕も安堵しつつ。


「これ、間違いなく、東雲さんのお父さんの、だよね」

「うん。そうみたいだね。ふふ、お父さんたちも仲良かったのかな」

「奇妙な縁だよね……」


 異世界に転移した僕たちの親は、大学生の頃だったみたいだ。もちろん僕たちみたいに同級生で、という訳ではなく、異世界が初対面だったみたいだけれど。


 僕のお母さん……当時は十九歳の南田叶恵は、最年少ながらみんなを振り回していたみたい。日記の端々で語られるお母さんの話が、どれもいまでいう北斗さんみたいな扱いだなと思えて僕は恥ずかしかった。


 基本的に先代は、悠人さんを除いて徐々にこちらの世界に馴染んでいったようだ。


 今は荒れ果てたグロウシアの、かつての繁栄とその居心地などが描かれていて、その対比が些か胸にくる。


〝神なるものに、なぜ私たちが選ばれたのかを聞いた〟

〝どうやらそれは日本の国民性が神なるものにとって便利な性質をしているのだそうだ。神仏の存在を信じながらも特定の宗派は持たず、異国文化を迎合する。納得だろう、私たちは確かに特定の神も仏も信仰していない、ただ四人の若き男女なのだから〟

〝星一郎はよく、この世界の文明レベルというものに苦言を呈している。我々の現代の便利なものを、異世界に持ち寄って売ってみることを画策しているようだ〟

〝商魂逞しいよ。彼は頼りになる男だ。私たちにはいま資金がないのだし、これからも彼に助けられることは多くなるだろう〟

〝秀樹にはパブに誘われた。それに飲酒も。君は未成年だろうに、まあ咎める人間がいなければ仕方ないだろうが……もちろん私は断っている。酒は苦手でね〟

〝とはいえ、異世界は確かに美人が多い。秀樹は鼻息を荒々しくしていた〟

〝叶恵とは付き合うことになった〟


「―――――いやっ、ええええ!?」


 思わず絶叫する。


「待って待って待って待って、は!?」


 びっくりした! びっくりした!


 唐突に飛び込んできた一文に、僕は自分のことでもないのに顔を赤くしながらページを捲りまくる。

 どこだ、なにか他に話していないか、というかお母さんと元カレとの思い出なんて探りたくはないんですけど! しかも元カレ目線で! うわあああああ!!


 なぜか東雲さんの顔を見られない。うわー、うわー……知りたくなかった。最悪だ。


 というか疑惑が核心になってしまった。

 元カレの名前を息子に付けるなよ! 僕東雲さんと付き合いにくいよ! なんか!

 いや!? まだ付き合うとかそんないやまさかだって東雲さんの本心なんか知らないしこれは勝手に僕が言ってるだけだしまだ決まったわけでもないし振られたら悲しいからまだ告白してないしまだっていうか告白してないだけだし別にいいんですけど良くもないんですけど違うくて何言ってんだ僕は!?


「だ、大丈夫?」

「ぜぇー……はあー……」


 一旦休もう。ものすごく疲れた。

 思わず手元からするりと日記が落ちて、地面にパタンと落下する。


 僕が深呼吸をして落ち着きを取り戻す傍ら、東雲さんが日記を拾ってくれようとするもので、止めに入るべきか悩みつつ。

 ぱらっとページを適当に開き、読んでは途端、ピクッと小さく震える彼女を案じた。


「ど、どうしたの? 東雲さん」


 もも、もしやお母さんたちのヤバいことでも書かれていたのだろうか。もしそうだったら限りなく気まずいですよ。と思っていれば、予想に反して。


「あ、えっと……これって……?」


 おずおずと。戸惑うように、開いてしまったページのまま僕に見せてくれる東雲さんを不思議に思いながら目線を配る。

 彼女の細い指先に指し示された一文。

 それは――。


「……災厄の、四人」

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